無錫生活

2009年11月10日 (火)

杭州

11月10日 最高気温17度(最低気温15度)雨

健康診断をどうにか終えて7日無錫駅13:39分発動車D5471に乗車して杭州へ向かう。
途中何のトラブルもなく杭州駅に16:41分に到着、所要時間約3時間。

杭州駅に着いたら21路の市バスに乗り浙江大学で降りるよう指令を受けており、1.5元を払いバスに乗った。
「天上には天国,地上には蘇州、杭州あり」と称される景勝地_杭州だが、夕刻の街は何処も車だらけである、車の多さに加え地下鉄掘削工事が行われており交通渋滞は半端じゃない。

遅々として進まないバスが1時間ほど走ったところで「浙大(ZheDa)」の車内放送で下車した。
目的地の洋品店はバス停目の前と聞いていたが、それらしい洋品店は無い。
電話をすると下車バス停が違うらしく、未だ4駅ほど先らしい、不味いな、タクシーを捕まえて乗るよう指令を受けるが、タクシーの空車が全く居ない。
もう一度バスに乗ればよいのだが小銭が全くない。
中国のバスは両替機がないので、小銭が無い場合乗ってくる乗客を止めて投入する小銭を集めなければならないし、最近は皆さんバスカードを使うので小銭の乗客は少ない。

近くのコンビニで水を買ってお釣りで小銭を造るよう指令を受け、コンビニで小銭を造りまた21路のバスに乗り、要約目的の洋品店まで着いた。
3ヶ月ぶりに店長のG女士と再開、相変わらず賑やかな人である、1人で騒いでいる。
始めてきた洋品店だがこじんまりとして、外貿品の男女洋服とアクセサリーを販売している。
なかなかイイでないの、商売も順調のようである。

友人と合流しお茶屋さん(茶藝店)で夕食を取る。
2009111001_2 杭州のお茶屋さんは、簡単な料理、豊富なおつまみ、果物などが食べ放題のシステムになっており、お茶代(茶葉に依り値段は変わるが)50-60元/人で何時間居座って食べていても良い事になっている。おしゃべり好きな人種には持って来いのシステムである。
G女士の女友達が加わり男2人女4人でワイワイと賑やかな夕食になった。
フロアーでは中国琴の演奏も始まり、良い雰囲気である。
G女士がその中の女性一人を私に紹介したいと言っている、綺麗な女性だが日本語が全く出来ないし、こちらの中国語も不太好だからコミュニケーションが取れないでしょうに、気持ちだけ有り難く頂く。

翌日、友人のマラソンを沿道で応援、国際都市らしくランナーは白人・黒人も多い。
スケボーを小脇に抱え、坂道ではスケボーに乗ってるランナーもいるなど、市民マラソン風で良い雰囲気のマラソン大会である。
2009111002_2 ここは街路樹はじめ緑がとても豊かな街で、街の中心部にある西湖を散歩しても700万人都市と言うことを忘れてしまうほどに美しい場所が多い。
また富裕層が多い町でも知られ、マンション価格は上海と変わらず高額であり、ポルシェは当たり前、フェラーリも珍しくない。

2009111003 2009111004 午後は西湖をぶらつき、夕食は友人の友人夫婦を交え杭州料理を頂いた。
ここの料理は塩味で日本人にも受けがよい味付けで、どの料理も美味しい、久しぶりの杭州料理に舌鼓みを打ち、雷が鳴り大雨の中、再開を約束し杭州駅へ向かった。
2009111005 乗車した動車D310は北京行きの夜行新幹線で寝台車が付いていた。

2009年11月 9日 (月)

集団健康診断

11月9日 最高気温20度(最低気温16度)曇り、雨、雷

昨日の杭州でも雷+大雨に遭ったが、今日の無錫も雨+雷である。こんな時期に雷が有るのか?余り記憶に無い。杭州で風邪を引いたらしい頭が痛い。

7日に集団健康診断を受診した、受診要領は日本の人間ドックと同じ、前日夜8時以降は飲食禁止。
杭州へ移動しなけりゃならないので早めに終わらせたい、8時の受診開始一番乗りを目指し8時10分頃にユナイテッドファミリー医療保険センター(和睦家医院)へ到着したが、既に大勢の人が列を成している、皆さん早い。
この地区の労働者が全員受診するんだろうか?

着いたけれどどうすりゃいいのさ、取り合えず受付らしきところに並び、順番が来、会社名を連呼する。
解ってくれたらしく、名前を言うと受診順番表(内科は何号室と言う具合に書いた紙)を渡された。

受診表を持って人の流れについて行きレントゲン、血液検査、検尿、眼科、超音波など人間ドックと殆ど同じメニューを順番に回る。私服のままの受診で、社内健康診断と同じ要領である。

困ったのは、触診でベッドに寝て足を曲げろ!、超音波で息を吸って!吐いて!右を向いて!、レントゲンで少し右向いて!こんな微妙な事言われても理解できない、自分の中国語能力の低さは解っているが、普段の会話で息を吸って!足を曲げて!なんてフレーズは無いからそんな単語は知らない。
超音波で女性の部屋の前に並び追い出されたり、と健康診断受診もエネルギーが要る。
日本人で中国語は理解できない!と何度も繰り返し、何とか全メニューを乗り切ったが、頭にきて途中何度帰ろうかと思った事か、困ったものである。

スタートが早かったこともあり1時間半程で全メニューを終わり、朝食券をもらって簡単な朝食を済ませる。
13時30分の汽車までは随分と時間が有り、一旦アパートへ引き返した。疲れる、体調が悪くなったゼ。

2009年11月 6日 (金)

杭州へ

11月6日 最高気温26度(最低気温15度)晴れ

火曜日が休日であったこともあり、バタバタと一週間が過ぎた。

明日土曜日は朝から集団健康診断を受診し、その足で無錫駅から杭州へ移動、一泊して日曜日に戻る。
杭州では日曜日に「西湖マラソン」が行われ、中国人の友人が走るので応援に行く事になった。
友人からは以前から杭州に来るよう誘われており、美しい街である事は重々承知しているのだが、どうにも足が遠のいていた。

理由は、無錫から杭州へは太湖を挟んで丁度反対側にあり、右回りでも左回りでも太湖をぐるりと回らなけりゃならず時間が掛かる事、杭州西湖は何度も行った事があり改めて観光する場所も無いことで遠のいていた。
但し「楼外楼」の美味しい泥棒鶏を久しぶりに食べてみたいし、マラソン応援と泥棒鶏を理由に重い腰を上げた。

無錫から杭州へは長距離バスルートと汽車ルートがあり、どちらも3時間ほど掛かるが、汽車で行く事にした。
土日の杭州の天気は曇りの予報でまずまずの様である。

2009年11月 2日 (月)

第一場雪長城

10月2日 最高気温11度(最低気温3度)晴れ

無錫の最低気温予測が3度だそうです。

北京市の北郊外,慕田峪長城から更に10Kmの奥にあり、一昨日の初雪に浮かぶ箭扣長城、一枚の絵のようです。2009110201

2009年11月 1日 (日)

ザォ・ロ・クュ・パ

11月1日 最高気温18度(最低気温7度)晴れ

11月になっちゃいました、早いもので残すところ今年も2ヶ月。
今日の無錫は一段と冷え込み最高気温18度、半袖では無理です。
ところが北京ではこの冬最初の雪が降ったそうですし、瀋陽は最低気温-13度、こんな寒い所で昨年は暮らしていたのだと思うと、ここ無錫とは気候的に雲泥の差です。
いずれにしても全国的にこの秋一番の冷え込みのようです。

無錫の繁華街「崇安寺」のレストラン「喜祥祥」でLさんと「太湖大閘蟹」を頂く。
ここ喜洋洋は、無錫料理店で価格も高くなく美味しいので人気の店です。
20091101012009110102小振りでしたが太湖大閘蟹美味しかったです、料理店で食べるとやはり違うもんです。
写真に有るように太湖大閘蟹には「太湖清水大閘蟹」のラベルが付いていますね、太湖の汚れは皆解っているので「清水」と付けている所が苦肉の策と推測されますが、太湖に清水なんて有るんだろうか。
料理が随分と残ってしまったので「打包」(包む・お持ち帰り)する。

Lさんにコンビニでのソ・ロ・ペ・パの話をしたら大笑いされてしまった。
ザォ・ロ・クュ・パ(16抉8)だそうで、ソ・ロ・ペ・パでは有りませんでした、失礼しますた。
ザォのォは、ォとェの中間発音だそうで私には発声できませんし聞き分けられません。
無錫人の話なので間違いないです。

時間が有ったのでフリーパスを使って「錫恵公園」をぶらつく。
行き方が解らなかった「寄暢園」の行き方が解った、恵山寺の門を入って右側であった。
一旦錫恵公園を出て恵山寺へ行くと解りやすい、門前の恵山古街の改装工事も随分と進んでいる。
20091101032009110104恵山寺では菊花展が行われており、境内は菊の香りで満ちている。
秋の日の寄暢園も美しい。
秋の木漏れ日と、菊の花、池、建物の組み合わせが美しい、京都の古寺に来ているようである。
2009110105200911010620091101072009110108泥人形館の菩薩の姿が自然で美しかった。

今日の出費
昼食:255元(3570JPY)、バス代:4元(56JPY)

2009年10月30日 (金)

ソ・ロ・ペ・パ

10月30日 最高気温28度(最低気温18度)曇り

T1251001232602930夕食後、散歩へ公園へ行き太極拳グループの後ろに付いて太極拳をやった後、アパート下のコンビニで牛乳・ヨーグルトを購入。
会計時コンビニのおばちゃんがおっしゃったお言葉が「ソ・ロ・ペ・パ!」である。
違うかもしれないが私には「ソ・ロ・ペ・パ!」と聞こえる。
「エへへぇ?、ソ・ロ・ペ・パですかァ?」、おばちゃんがまた「ソ・ロ・ペ・パ!」とおっしゃる。
あはは・・・、笑うしかない。
幾らと言っているのか想像も着かない、脳みそがグルグル回り、知っている中国語を探すが全く見当たらない。

脳みそがグルグル回ると言う表現は変かもしれないが、自分の知らない言葉を言われると、自分で自分の脳みその中を探し回る事が本当に良くある。日本語会話の最中知らない単語を言われ文字を探すのとは違い、中国語の場合知っている似た音の言葉を探し回る脳の動きが、何と言うか手に取るように解る、本当に妙な動きである、疲れる。

話しが外れたが、
「ソ・ロ・ペ・パ!」は脳みその中に全く無い言葉である。無錫語だと言うことは直ぐに解ったが何ともならない。
仕方が無いのでレジテーブルを乗り出しレジの画面を見ると、「16.8」と表示されてる。
1:ソ、6:ロ、.:ペ、8:パ かァ~、ロとパは何となく解るなァ。

部屋に帰りネットで無錫語を調べたが無錫語の発音ページは見当たらず、私が聞いた「ソ・ロ・ペ・パ!」が合っているのか解らない。日曜日に無錫人と食事をするので聞いてみよう。

自分のために書いておくけれど、
ねーさんお愛想:シュイ・ジャー・マテ
幾らですか?:チー・フー・ゾー・ピョゥ
だが、数字の発音がわからないから使えないなァ

今日の出費
昼食:6元(84JPY)、夕食:16元(224JPY)、コンビニ:ソ・ロ・ペ・パ!(235.2JPY)

2009年10月29日 (木)

異邦人

10月29日 最高気温27度(最低気温18度)曇り

平日は何も無いですね、昨日まで残りのカレーで夕飯、カレーばかり食べてました。
これでは体から加齢臭が漂うのではないか、と、言うことで、今日の夕食は近くにあり気になっていた「香港飲茶」店へ乗り込むことに、初めての店は結構覚悟が居る。

帰宅後ブラブラと香港飲茶店へ行きました。
客は先客の一人客が二組(表現が変か?)、何かとつるんで行動する中国人にはめずらしい。
揚げシュウマイと肉饅頭と青采の油いためとピータンお粥を注文。
ウェイトレスのおネーさんに「那国人ですか?」といつもの通り聞かれる。下手な中国語だから直ぐバレてしまう。
日本人だよと答えると、おネーさんの目が輝き、調理場へ行って注文を通すのと併せて「日本人が来たよ!日本人よ」と叫んでる。

2009102901静かに目立たなく生活を送る異邦人親父に、他の客も目線を送ってるだろう、パンダじゃ有るまいし、それほど珍しくも無いだろう、ま、この汚い界隈じゃめずらしいか。
ビールを頼むと「無いけれど、買ってきます!」と店を飛び出すネーさんの背中へ「冷たいビールね!」と声を掛ける、異邦人に優しいネーさんである。

ビールをぶら下げて戻って来たネーさんに、日本人見るの初めてかい?と問うと「ええ、初めてです!」と眼を輝かす。そうかァ、あんたの人生で始めて見る日本人がオレか~ァ、もう少し若くてかっこいい兄ちゃんだったら良かったのにねと、少し申し訳けない気分になってしまうではないか。
飯を食べてる間も覗かれ、落ちついて食べられやしない。

自分は外国人を見たのはいつの頃だったろうか?金髪系を始めて見たのは多分田舎から横浜へ出てきてからだと思うから、会社の寮の近くに米軍の通信隊が有り、そこの米兵を見たのが最初だろうなァ、ギブミー・チョコレートとは言わなかったが、遠めに眺めていただけだったと思う。

中国の子達は、臆するところが無く割りと平気で中国語だけで話しかけてくる、やはり他民族で地続きで国境をもつ国だからかな。
私の職場があるソフトパーク内の外国人は、カナダ人のジョンと私の2人だけのはずである。
ジョンは金髪の外人顔だから直ぐ解るが、私は中国人と変わらないはずなのに知らない人から「こんにちは」と日本語で声を掛けられることが有り、こちらが驚くことがある。
背中に日本人と書いた紙でも貼ってあるんだろうか?

今日の出費
昼食:5元(70JPY)、夕食:28元(392JPY)、散髪:30元(420JPY)

2009年10月26日 (月)

カレーと無錫大閘蟹

10月26日 最高気温26度(最低気温15度)晴れ

日中は未だ暑い無錫です。
25日の日曜日、カレーを作ることになったんですが、貧乏単身生活、瀋陽から引っ越すときに鍋、食器類は全て捨ててきたので3人前のカレーを作る鍋が有りません、カレーを盛る皿もサイズが違うものが2皿しかない、スプーンもコップも1個しかない・・インド人じゃ有るまいし手掴みで食べる訳にも行かず、近くのスーパーへ食材含めて購入へ出かけた。
皿はサイズがバラバラだが我慢してもらい私は丼で食べることにする。
肉は以前買ったカレー用の牛肉が冷凍庫に眠っている、カレールーは日本から持ってきたものを使う。
それでも鍋、スプーン2個、オリーブオイル、ジャガイモ、たまねぎ、にんじん、唐辛子など120元を越える買い物になってしまった。

具の煮込み時に唐辛子を入れるのを忘れたが、ま、何とかカレーが出来上がった、が、水を入れすぎたのでゆる~いカレーになってしまった。ご飯は日本米を使っているので、ご飯だけでも十分に美味しいはずだ。

Q君夫妻が無錫大閘蟹をぶら下げて来た。
無錫大閘蟹を食べたいと皆に言ってるので、気を利かせ買って来てくれたものである、気と金を使わせて恐縮である。
聞けば紹興酒と生姜を入れて煮るらしい、ビールで煮ると旨いよと言ったが、杭州式(Q君夫妻は杭州)で作るのだと言う、杭州式に従い蟹を茹でてもらう。
無錫大閘蟹はやはり陽澄湖より一回り大きいような気もするが、陽澄湖産にも大きいものがあるので見た目では解らない。
実は来週も別件で無錫大閘蟹を食べに行こうと誘われており、また先に約束した11月大閘蟹パーティも有り、蟹ばかり食べるスケジュールになっている。あちこちで言い回ったのだから自業自得である。

2009102601 こんな事でカレーライスと無錫大閘蟹と言う妙だが結構豪華な組み合わせの昼食となった。
(写真にある空鍋は蟹の殻を捨てるためのもの、カレーを盛った器もコップもバラバラであるが一人生活だからしかたない)
お世辞も含めて自家製カレーを美味しいと完食してくれたので良しとしよう。
やはり料理は美味しいと食べてくれる人が居ないと作るのもつまらんですね。
奥さんがカレーの作り方をしきりに聞いてきたが、日本の食材は優秀だからカレールーを放り込むだけですよと言っておいた、事実そうである。

奥さんが作ってくれた杭州式大閘蟹も美味しかったが、やはりビールで煮たほうが旨いと思いますた。

今日の出費 昼食:6元(84JPY)、夕食:0元(昨日の残りの蟹肉をほぐし、蕎麦に乗せて食べる、美味)、バス代:2元(28JPY)、輪タク5元(70JPY)

2009年10月23日 (金)

HAARP

10月23日 最高気温27度(最低気温15度)晴れ

HAARPに大きな動きです。
500nT超えて来ています。
な、なんじゃこりゃぁ。
画面を見て、声を出してしまいますた。
ただごとではありません。
世界のどこかで地震が起きる。
この巨大な波形が日本に向けたものでないことを祈るばかりです。
繰り返しますが、近日中に地震が来る可能性。
明日24日朝8時前後~26日まで危険日です。
(引用:http://goldentamatama.blog84.fc2.com/)

だそうです、地震国は気をつけましょう。
最近のHAARPのグラフと地震の発生の関係は画像の通りです。
飲み水の確保と非常食の確保は大丈夫でしょうか?
2009102301
今日の出費
昼食:6元(84JPY)、夕食:18元(252JPY)、バス代往復:4元(56JPY)

2009年10月22日 (木)

我イ門無処安放的青春

10月22日 最高気温27度(最低気温15度)晴れ

何もないですね、平日は淡々と過ぎて行きます。昨日のプロ野球CSは面白かったです。

最近は「我イ門無処安放的青春」と言うタイトルのTVドラマを観ています。
Womenwebサイト「優酷」にアップされているのを最近発見し、見直していますが良いです。
残念ながら日本語訳は付いていないですが中国語の勉強になります。
解らない中国語が出てくると画面をストップして電子辞書を引きながら観ていますが、画像の流れで概ね理解できます。

美しい江南風景を背景に大学生の青春時代を描いたTVドラマですが、web上では2006年に作成されたTVドラマ(全24集)と書いてあります。
私が最初にこのドラマをTVで観たのは昨年(2008年)と記憶しているので、多分再放送を観たんでしょう。
主役の1人周蒙を演じる江一燕ちゃんの弱々しい演技がグッドです。
周蒙の男朋友を演じるイ冬大為はレッドクリフⅡに出ていた。

ドラマの中では「江城」と言う街が舞台で江城大学に通う学生達の話で展開しており、その美しい風景の地「江城」へ行ってみたいと考えweb上で探していた。
web上では雲南省に江城と言う町があり、武漢にも江城と言う学校の名前がある、が、どちらもしっくりこない。
会社の若者に聞いたところ、江城と言う街は架空の街で「蘇州」が撮影地になっているらしい、やっぱりね、と言う感じである。

「ネットのスピードが安定せず映像が途中でストップするので観づらい」と言ったところ「じゃ、ダウンロードしてあげますよ」と言うことでQ君に24話3GBを全てダウンロードして貰った。
日本で食べたカレーライスの美味しさが忘れられないと言うので、ダウンロードのお礼と言っては何だが、今度の日曜日自家製カレーライスを作り奢る約束をし、Q君と奥さんをアパートに招きカレーライス・パーティをやることになった。
奥さんは日本語での挨拶を勉強しているらしい、カレーライスなんて何十年も作った事はないが、日本のカレールーを放り込めば何とか形になるだろう。

今日の出費
昼食:6元(84JPY)、夕食:17元(238JPY)、コンビニでヤクルト(5本):10元(140JPY)、お菓子2コ:4元(56JPY)、単2乾電池2本:7元(98JPY)

2009年10月15日 (木)

春巻

10月15日 最高気温24度(最低気温14度)晴れ

天高く馬肥える季節の無錫です。
湿度の違いもあるんでしょうが、東北地方の秋には空気の清々しさ、爽快さが有りましたがここには残念ながら無いですね、東北の秋が思い出されます。

三日と空けず夕食に通っている近くの中華料理ファーストフード店、メニューの中にある「春巻き」を良く注文するのだけれど、春巻きの「巻(juan)」の発音が下手でウェイトレスさんにいつも修正されていた。しかし最初に間違えて覚えてしまうとなかなか直らないもので、最近は「チュンジャン」と言っても春巻きが出てくるようになった、呆れているのだろう。

昨夜もチュンジャンを注文して、夕食を取りながら眺めていた新聞「環球時報」の2面記事の中に、「中日相争,只能譲美国得利(中日が相争っていては、米国が利益を得るだけ)」と言う見出し記事が掲載されており、文中には「改変世界的時刻己経到来(世界を変えるときが来ている)」、中日共同的命運在手携手(中日共通の運命は手を携えて)」、「東亜共同体、力戒空談(東亜共同体は、空論であってはならない)」と書かれてあった。

2009101501 これは先の日中韓三国会談の中での鳩山総理「東アジア共同体」創設の提案に対する論評である。
論評の詳細内容は文字が小さく読めなかったけれど、サブタイトルからは前向きに進めようと言う内容が推測出来る。(鵜呑みは危険だ)最近とみに小さな文字が見えにくくなっている。

中国人の若者との雑談の中で、日本の政権政党が変わったけれど何が変わるのか?と聞かれた事がある。腹の中では大して変わらないだろうとは思いながら、旧政権の自民党は経団連を初めとした経営者支持の政党で、今度の民主党は労働組合を初めとする労働者が支持する政党だから、一般国民生活の要求が反映されるはず、と答えている。(日教組が子供たちの教育を壊し始めている事は容認できないが、これも選ばれた民主党政治である、近いうちに学校から日の丸は消えてしまうんじゃないか、大人たちがしっかりしなければ)

ここ中国は一党独裁国家だから政権政党が変わることは今のところ有り得ないが、若者達が他国の事とは言え、同じアジアの隣国で内乱・クーデターも無く政権政党が変わり、政治・国民生活がどの様に変って行くのかを見ていると言うことはとても大きな意味を持っていると思う。(興味本位だけでも)

中国の現在は行け行けドンドンで発展中だが、いずれ行き詰まるときが来、多くの問題が露見するはずで、その時政権政党への不満がどの様な形で現れるのか、内乱・クーデターが発生するようなことにでもなれば世界中に影響を及ぼすことになる訳で、そうはなって欲しくはない。

民意で政権交代が出来る仕掛けを持つ国家で、今回の政権交代での成否結果が持つ意味は大きいと思う。隣国の若者達も見ている。

2009年10月12日 (月)

初物大閘蟹

10月12日 最高気温23度(最低気温16度)晴れ

午前中の小雨模様のせいも有るんだろうが少々肌寒い今日の無錫である。
今シーズン初めての大閘蟹を頂いた。
上海ではなく無錫で食べたのだから上海蟹ではなく無錫蟹と言うんだろう。
上海蟹は陽澄湖で採れる蟹を指すが、無錫蟹は太湖で採れる蟹を指し陽澄湖の蟹より少し大きめの蟹を言うらしい。
しかし最近の太湖の汚染で皆太湖産を避けているし、太湖蟹の養殖も商売にならないようだ。今日頂いた蟹は何処産か解らない、購入店では陽澄湖産だと言っていたが、大閘蟹(チュウゴクモクズガニ)は繁殖力が強いのでそこいら辺の水溜りでも養殖できるんだろう。

知り合いの無錫人のおねーちゃんに造ってやると言われていたが、食中りしたくないので頑なに断って蟹専門店を探していたが、住居の近くではその類の店が見当たらず、食欲に負け渋々承諾した。
無錫(華中?)では自宅で蟹を調理するのが一般的らしい。
食中りするなら多いほうがいいだろうと思い、知り合いを誘い3人で自家製大閘蟹にチャレンジした。

蟹屋で雌蟹を仕入れた。1人3匹×3人=9匹で130元、1匹15元(202JPY)で非常に安い、店で食べたら80~100元/匹はするだろう。
(勿論清潔な店内、サービス料も含まれての値段だが)
蟹は店の網袋の中に入れられているのをチョイスすると、店の親父さんが器用に蟹を亀甲縛りの様な按配で紐で結わいてくれる。これで蟹は自由を奪われ大人しく茹で上がるのである。
2009101201 茹で方は、鍋に蟹を並べ水ではなくビールを注ぎビールだけで蓋をして30分ほど煮る。
どんな物が出来上がるのかと思い気や、食べると予想に反しすごく美味しい。水っぽくなく甲羅も柔らかく、美味である。
一般的には黒酢を付けて食べることが多いが、無錫人のおねーちゃんは中国醤油+ラー油+香味ラー油+ニンニク刻み+わけぎの刻みを混ぜたタレで食べる、このタレも絶品で、非常に美味しく4匹を平らげた。
大閘蟹の命は甲羅の中の味噌、いや絶品、無錫人のおねーちゃんに拒否したことを謝り来月も同じメンバでの蟹パーティーを約束した。
美味しいです、今からが旬の大閘蟹。

2009年10月 3日 (土)

十五夜

10月3日 最高気温27度(最低気温18度)晴れ

陽が落ちて花火やら爆竹音で街が騒がしい。
そう、今日は農暦八月十五日24節季の一つ「中秋節」、日本ならススキと月見団子で静かに満月を愛でるところだが、ここでは爆竹音で騒々しくなる。
今日は雲も無く満月がくっきりと見える。
2009100305 公園では「孔明灯」諸葛亮(孔明)が発明したとか言う紙製の熱気球を揚げている、中秋節に願いを月に届けるのだろうか、幻想的で美しい光景である。
観ていると燃えながら落下しているものがある、火事にならないか。 (※今日の月と孔明灯写真の合成です)

今日行ったゴルフ練習場ではフロントに月餅の切り身が皿の上に並べられており「お祝いです食べてください」と言われ二切れ頂いた。
2009100301 今日の練習場はいつもの野球場を使った練習場でなく、ハンカチおじさんが下見を済ませ「あそこはイイよ」と言われ同行した新区にある「無錫時代高球中心」、施設も新しいし、芝生も天然芝で気分が良い。
タクシーで到着するとおねーちゃんが飛んできてゴルフバックを打席まで運んでくれサービスも良い、今後はここを使おう。
2009100302 2009100303 ボール1箱(30球)20元だが野球場の10元に比べてこちらのボールのほうが新しく良い。
練習中打席横の散水機が突然動き出したのには驚いた。
昼時になったので併設の食堂で食事をしようとしたが、出前メニューだそうで今日は出前先が休みでごめんなさいと言ってる、仕方が無い。「しんせん館」で納豆、キムチ、焼酎いいちこを仕入れ、假日広場へ移動し日本料理屋を奢って頂く、ごっつあんです。

2009年10月 2日 (金)

噴水

10月2日 最高気温27度(最低気温21度) 多曇晴れ

やはり昨日からお湯が止まった、誰かシャワーを貸してくれないかな。
国慶節の夜、散歩がてら近くの公園へ出かけた。
道すがら区政府付近の道路はデコレーションされ、花火がド~ン・ド~ンと上がっている。

2009100201_2 2009100202_2

人出は平日の土曜日に比べ少ないが相変わらず踊ったり太極拳やら皆さんやっている。
公園の噴水池では音楽に会わせ噴水ショーが行われていたので、写真で紹介。

2009100203_2 2009100204_2 2009100206_2 2009100207_2 大変に綺麗な街に見えますが、勘違いしないでください、夜のカーテンで隠されているだけ。
無錫の片田舎です昼間はそれなりです。
帰り道のレストラン街で男がパトカーに押し込まれ連れてゆかれるところを見た。
無銭飲食か酔っ払って暴れたか泥棒か不明だが、それほど珍しくも無い。

汽車の切符を買った、無錫->海寧まで。海寧は淅江省の街で中秋節の時期、銭塘江の逆流が鑑賞できるスポットである。
何となく今年観ておかないと観るチャンスを無くしそうな気がして出かける事にした。
旨く現地までたどり着け帰ってこられるか、やって見なけりゃ解らない。

2009年10月 1日 (木)

引退

10月1日 最高気温27度(最低気温21度)曇り

中日の立浪和義内野手(40)が30日、ナゴヤドーム巨人戦を最後にレギュラーシーズン現役引退した。
2009100101 二塁打486本のプロ野球記録を持つ立浪らしく、9回裏2塁打で二塁打通算記録を487本に伸ばし、有終の美を飾った。
最近のシーズンは代打専門だったがきっちり実績を出し、まだまだ行ける、来シーズンもやってくれるんじゃないかと我々ファンは期待したがバットを置いた、立浪和義選手に惜しみない拍手を送りたい。
(写真はasahi.comから借用)

国慶節、中国全土が祝日だが我々は日本に会わせており残念ながら出勤である。休日は先週取って武漢旅行をしたので致し方なし。
2009100102 2009100103 2009100104 北京では派手な軍事パレードが催されたようですが、はたしてこの様なパフォーマンスがこの国にとって有益な事なんでしょうか?
中国至る所に軍御用達のレストラン、KTV、宿泊施設、保養所があり、汽車の待合いも病院の受付も軍専用が有る状況を見るに付け、私なぞは北朝鮮と同じ軍国国家とのイメージを強くするだけですが。

国慶節と言ったって所詮中国の建国記念日で私にゃ関係ないが、住んでいるアパートのエレベータの中に1日から3日まで「停汽」と張り紙がしてありこれは影響大。
ハンカチ叔父さんと停留所で会った時、3日間シャワー入れないですね?と話しかけると「エレベータが運休するのかと思ったよ、17階まで歩いて上がるのかと心配したよ」とおっしゃる。
アハハ、エレベータの運休ならオレだって15階まで歩かなきゃならない、冗談じゃない不可能だ。

確かにエレベータ内の張り紙には「停汽」と書いてあるだけなので、ガスが止まるのか、お湯が止まるのか解らないことは確か、ただし「汽」で蒸気系なので電気じゃないね。
1階ロビーに「給湯停止」と掲示してあり、理由はボイラーの点検としてあるが本当か?建国60周年記念のボイラー管理員慰安旅行じゃないのか?
今日から3日間シャワーに入れない、3日にサウナへでも行くしかないが営業してるのかな?

2009年9月17日 (木)

シルバーウィーク

9月16日 最高気温27度(最低気温23度)曇り雨

19日から23日まで日本はシルバーウィークで5連休。
わが社は日本の休日に合わせて動いているので休みになる。
2009091601 上海の友人から「三国志」の古戦場巡りに行かないかとお誘いを受け、銀行残高と相談し同行させていただく事とした。

日程は、18日夜上海移動、19日朝上海浦東空港に集合、湖北省武漢(ぶかん)へ移動、荊州、宜昌などを回り22日に帰る3泊4日の旅である。
正直なところ三国志と言っても映画「レッドクリフⅠ・Ⅱ」を観た程度の知識しかなく、呉の国無錫に住まいする身としてはいささか不勉強すぎるのだが仕様が無い。
この旅行の話を頂いて、webで三国志の勉強を付け焼刃で始め、赤壁の戦いの場所、劉備が諸葛亮を訪ねた三顧の礼、荊州争奪戦などで、今回の旅行コースとの関係が掴めた次第である。
ま、三国志もあるが、湖北省へ足を踏み入れるのは初めてで中国踏破に+1省されるし、三峡ダム湖もコースに入っているし、ま良いんじゃないだろうか。

2009年9月16日 (水)

UFO

9月16日 最高気温27度(最低気温23度)曇り雨

この画像すごくありません?

2009091505_6 2009091500_6 2009091501_5 2009091502_5 2009091503_6 2009091504_7

写真画像は2006.8.17、南京市上空に現れたUFO
動画から画像を切り出したものだが、すごいシーンが写っている。
UFOが静止状態から移動(消滅)する所の映像で、静止状態のUFOの底に灯りが点灯した直後、後部から激光が発し、直後に画面上から消え去る。真偽のほどは不明、これが実写ならすごいシーンだね映画のワンシーンみたいだ。
中国webサイトにアップされているので興味のある方はご覧あれ。
出所)http://www.56.com/u13/v_MjEwOTExMzg.html

2009年9月10日 (木)

送別

9月10日 最高気温28度(最低気温21度)晴れ

ハンカチおじさん急遽帰国。
2009091001_2 日本のご家族に急病人が出たとの事で急遽帰国するとメール連絡があった、家族の病状を診なければ再訪中の予定も立てられず片道切符で帰国されるとのこと。
今生の別れの様なメール内容なので、送別の意味でおごるから一緒に食事をしましようと昨日夕食に誘い出した。

火鍋の夕食を取りながら、短い期間だったが同じアパート内でゴルフ・飲み友達を失うのは非常に残念で有ること、何時か戻られ私が未だここに居たらゴルフコースへ行きましょうなど別れの挨拶をした所、「仕事が残っているので一週間で戻ってくる」とおっしゃるではないか、なァ~んだそれじゃ普通の一時帰国じゃないですかァ。誘った手前夕食代は私が支払った、安かったけれど。

幸い私には経験はないが、国を離れて生活をしていると今後この様な事態含め不測の事態の発生が無いとは言えない。大袈裟かも知れないがこの国が突如戦争状態に突入するとも限らないし、普段から危機管理策を講じておかなければならないかも。
何か必要か?ネットで外務省の海外在留邦人の危機管理を見てみると、中国は安全な国に入るのだそうでテロとか拉致に関する注意記事は有るが戦争勃発などによる避難についての記述は見あたらない。ミャンマー国の所に、在留届の提出、緊急脱出時の準備、自宅に立て籠もる場合の準備、正確な情報の把握への対応が書かれている。
・ネットワーク
 日本大使館・領事館へ在留届の提出
 現地日本人会への登録、邦人とのネットワーク確保
 ※私は日本人会へ登録できないでいる、理由は年会費が600元もするからである。
・退路の確保
 日本直行便のある空港近くに住まいする
 ※比較的近くに住んでいるが移動手段がない、もしもの時は他人の自転車を乗り逃げするしかない。
・現地避難場所の確保
 大使館・領事館の位置と移動ルートの確認
 自宅に立て籠る場合、少なくとも10日間位、自宅に立て籠ったまま生活できる準備が必要
 ※普段から自宅に引き籠もって居るのでこれは問題ない。
・緊急脱出時の準備
 旅券、現金(特に米ドル)、医薬品、飲料水、食料品、衣類等を事前に準備し、「緊急時携行品リスト」を作成しておく。
 ※私は少額の米ドルを常に持っている、何年前だったか102円/$の時円安になるだろうと踏んで米ドルに交換したが、その後更に円高が進み交換できないままの米ドルが寝たままになって居る。
その他に考える項目はと言うと
・財産は手元に置く
 銀行は閉鎖され紙幣は紙屑になる可能性が有る、貴金属の形にして身に付けておく
 ※中国人は貴金属を身に付けていることが多い、金のネックレス、金の指輪、金のイヤリング、金のロレックス、お婆ちゃんが金のイヤリングを着けているのを良く見掛ける。

2009年9月 7日 (月)

逃亡

9月7日 最高気温29度(最低気温23度)晴れ

チュウゴクヒラタクワガタの姿が見えない。
鍋に入れておいたのが夜間逃亡したらしい、狭い部屋の何処を探しても見当たらない。
買ったばかりのバナナもブドウも随分と残っているのに。
人間なら現金の持ち逃げとか借金を踏み倒して逃るところだろうが、そんな訳じゃないので、ま、いいが。
さすがにチュウゴクと冠しているだけあって、主人が貧乏と解ると見限るのが早い。
しかし何処へ行ったんだろう?

2009年9月 6日 (日)

しんせん館

9月6日 最高気温32度(最低気温24度)晴れ

日中はまだ暑い無錫、チュウゴクヒラタクワガタにバナナとブドウを与えておいたがバナナにしがみ付いている所を見るとバナナが好きな様である。
昨日水泳のし過ぎで足が痛いと足を引きずりながら現れたハンカチおじさんと10時待ち合わせで「遠方ゴルフ練習場」へ出かけた。
彼はゴルフ好きなんだそうでゴルフ仲間を探していた所に私が声をかけたものだから弐も無く乗ってこられた。
私の方は運動不足解消のゴルフで、練習場でボールを引っ叩くだけだが、彼は自分でグラインダーを使いサンドウェッジを加工する程ゴルフに入れ込んで居られるらしく、私とは比べものにはならない。
こちらにはクラブが無いと言われるので過日「暇日広場」のクラブ販売店を紹介、キャロウェイのフルセット+キャリーバッグ+練習用バッグを込みで950元で買ったらしい。勿論偽物だけれど、私の偽物ナイキは北京で買ったとき1100元だったのでそれより安い、お買い得でしたね。

彼の練習風景はピッチングで刻む、アイアンで距離を計るなど、私のボールを引っ叩き汗を流すだけとは大違いである。
ドライバがしなり過ぎるとかアイアンのヘッドがどうのとか言われるが偽物ですからね。何回か練習場通いをしコースに出る展開になりそうである。
1ヶ月来ていない「遠方ゴルフ練習場」、ボール1ケースの値段が20元から10元に値下がりしていた、近くに別の練習場がオープンし競争原理が働き値下げしたんだろうが良いことである、但し無料送迎車を廃止したらしい。

練習を終え練習場近くの「番茄主義」というレストランでうどんで昼食を済ませる、うどんが45元もする、高い。
最近新区に出来た「しんせん館」へおじさん二人で出かけた。
2009090601 「しんせん館」は日本のスーパー(と言うほど大きくは無くコンビニ程の規模)で日本食材が豊富に揃っていることで日本人御用達のスーパー、上海・北京・蘇州・天津・広州などで展開しているが要約ここ無錫にもオープンした。
無錫のしんせん館は新装オープンしたホテルの地下一階の奥まったどん詰まりのところに有り解りにくい、どうしてこんな場所に。

しかし「らっきょ」が売ってました、予想通り、これで上海まで買出しに行かなくても済む。
梅干、納豆、鰻の蒲焼、今川焼き、ブルドッグ・ソース、わさび、などこれまで入手困難な品物を購入した、今夜は蒲焼を食べることにする。

2009年9月 5日 (土)

クワガタ

9月5日 最高気温32度(最低気温24度)晴れ

最近は午後6時半にもなると日が落ち暗くなる、日が短くなっている。
アパートからの散歩距離に公園があり昨夜出かけたところ、区民納涼晩会と言う催しが公園の中の仮設舞台で行われており、歌謡ショーやら京劇をやっていた。
夕食後の公園は大勢の区民が集まり集団で踊ったり太極拳をやったりのいつもの光景だが、毎度人出は半端じゃなく人の多さにはホトホト感心する。

そんな公園の散歩帰りの道で黒々とした大きな「クワガタ」を見つけた。
こんな大きなクワガタを見るのは久しぶりだ、子供が小さかったころ夏休みの早朝にカブトムシ取りに幾度となく出かけたのを思い出す。
捕まえ持ち帰り計って見ると8cmは有る、入れ物が無いので取り合えず鍋に入れて、ヤクルトを与えておいたが今朝も元気に動き回っている。

2009090501 どんな種類のクワガタかとネットで調べたところ「チュウゴクヒラタクワガタ」と言う種類らしい。
体長 ♂40~85mm ♀30~44mm 分布 中国(福建省、四川省、貴州省など)と書いてあるので、このクワガタは大きい方だ。餌はバナナとか果物が良いと書いてあるので、後でバナナを買って与えようと思っている。

2009年9月 1日 (火)

禍福

9月1日 最高気温27度(最低気温23度)曇り

民主党の大勝利で終わった衆議院選挙、良かれ悪しかれこれからの4年間の舵取りは民主党に任せる事になる。
海外に在住する者は現住所を管轄する日本大使館または領事館に出向くか郵送による「在外選挙」で一票を投じるわけだが、そのためには「在外選挙人証」が必要。
無錫は上海領事館の管轄だから在留届を上海領事館へ3か月以上前に提出し「在外選挙人証」を得るか、3ヶ月以内在留の場合は在留証明書類を持参し領事館へ出向き「在外選挙人証」を得た後に「在外選挙」が出来る事となる。
領事館から遠く住いする人に簡単にとは行きにくい。
私は在留届の提出(ネットで登録)が2ヶ月前だったので「在外選挙人証」が得られず、また交通費を払ってまで出かけ申請する気にもなれず今回は投票しなかった。
上海には5万人を超える日本人が在留していると言うが何%くらい投票したんだろうか。

2009090101年金宅急便が届き、支給額が書かれた通知が来たと過日自宅から連絡があった。
支給開始は65歳からなのでまだまだ先の話で、書類に記載された額が本当に支給されるのか不安でもあるが、60歳からは特別老齢厚生年金と言うのが支給されるんだそうだ。
つまりそんな年齢になったんだと言うことだけれど、この自転車操業的な年金の仕掛けも壊れている。

団塊の世代が全員定年を迎えるとき、日本国はどうなるのか?
先ず、30代40代のサラリーマン家庭が支払っている所得税、保険料、年金積み立てなど、どんどん減りますね。
一方、 サラリーマンを雇う企業側の法人税も、どうなるかわからない。
経済はグローバル化し、海外の途上国は、企業誘致のために、どんどん法人税を優遇します。
つまり、これまでの公的負担を支えた企業活動の個人と法人からの税収に先が見えているのです。
いや、完全に、行き詰まっています。
そうなると、消費税などの間接税を大幅に上げることになりますが、こうなれば社会活動は停滞します。
(京の風より引用)

「老後の生活は年金に頼らない自給自足の生活を目指さなければならないとの国民洗脳施策を、自民党政府は行なって来た。
大きな資産を持たない個人は企業と同じく、資産は預金利率が良く、税率の低い海外(発展途上国)へ移転すべきで生活活動拠点も海外へ移すべき時でしょう。」と言う記事を何処かで見つけた。

閉塞感ばかりが漂う現在の日本社会、「禍福はあざなえる縄の如し」と言うけれど、負の連鎖しか見えてこない状況が選挙結果に表れたのでしょう。

私も定年後の生活活動拠点を探す時期に来ています。

2009年8月27日 (木)

ルオマ

8月27日 最高気温35度(最低気温27度)薄曇り

2009082700_2 昨夜観たDVD
雲南の少女 ルオマの初恋(女+若瑪的十七歳)
中国2002年作品 監督:章家瑞
雲南省紅河州で祖母と二人で暮らす少数民族哈尼(ハニ)族の少女ルオマの初恋ストーリー。
ルオマは村へ出て日柄焼きトウモロコシを売る少女。都会昆明から戻った友人が街には「エレベータと言う乗り物が有り歩かなくとも荷物が運べる」と聞いて以来、街へ出てエレベータに乗りたい!がルオマの夢となる。そんなとき昆明から来て写真館を営む貧乏青年アミンと知り合う・・・
どうでも良いが中国語でエレベーターは「電梯」、棚田は「梯田」、梯子繋がりで掛けて居るのかもしれない。

2009082702_2 観ていると物語の先が読めてしまう程単純なストーリーの映画、普段付き合ってる中国人に腹黒い奴が多いので映画くらいは単純なのが良い。
哈尼族の暮らす農村の美しい棚田(梯田)風景の中で、祖母と暮らし祖母を愛し都会に憧れ恋心に揺れる思春期の少女を描いた心癒される美しい映画である。
張芸謀監督の「初恋のきた道」(我的父親母親)もそうだったが、風景の美しさ、色の美しさ、農村に暮らす貧しくとも純朴な人たち、主人公の一途な想い、飾らない自然な演技、これだけ有ればおじさんはウルウルになってしまう。

私も昆明へ行ったことは有りますが、その近くにこんな風光明媚な場所があるとはつゆ知らず酒ばかり飲んでました。
世界遺産に登録されたという雲南省紅河州哈尼族梯田、この美しい棚田風景がこの映画の舞台です。昨年末日本でDVDが発売されたそうです、秋の夜長の暇つぶしに如何でしょうか。
2009082703_2 2009082704_2

2009年8月25日 (火)

獣獣

8月25日 最高気温34度(最低気温26度)晴れ

立秋も過ぎ昼の暑さに比べ朝夕は多少過ごし易くなている無錫である。

無錫撮影網「09無錫太湖国際博覧会車模撮影活動」8月22日開催、web登録先着80名様昼の弁当無料!

林くんから「今度の土曜日、モデル撮影会が有るんですが行きませんか」と誘われたのが先週の19日。
「車トップモデルの獣獣(shou shou)ちゃんが来ますよ」「web登録先着80名、昼の弁当無料っすよ」「今登録者が75名だから未だ間に合いまスよ!」 林くんは在日1年にしては達者な日本語である。

昼の弁当よりもトップモデルのshou shouちゃんが見たいね「22日はひょっとすると上海へ行く用事が入るかも知れないけれど登録だけしておくか」と言うことでwebエントリ76番で登録し、眠っているCanonEOSデジカメ一眼レフを掃除し待機していたが、残念ながら上海へ行くことになりshoushouちゃんには会えなかった。

中国語で「車模」日本語訳だと車のモデル・・そんな分類が有るのか?レースクイーン見たいなものだろうか?
トップモデルの獣獣(shou shou)ちゃん、名前がスゴイ。獣:辞書では「けだもの」「野蛮な」「下劣な」などとある。しかも獣×2で獣獣、思い切った命名である、目立てば何でもOKの芸能界は何処も同じ。しかし「けだもの」のshoushouちゃん、名は体を表さずとても美人である、違う場所では獣になるのかも知れない。

2009082502 2009082503  撮影会へ行って来た林くんから頂いたshoushouちゃんの写真、噂に違わず美人です。
当日は新車発表会+新人モデルオーディションが催されshoushouちゃんはオーディションの審査員として客寄せパンダ役だったよう。
新車発表会にはロシア系の金髪モデルが登場し撮影ター2009082504_2 2009082505_2 ゲットとなっていたそう、無料昼弁当の味は聞くのを忘れた。
上海で親父同士で飲むよりも車模撮影活動の方が良かったか

2009年8月18日 (火)

戦闘服

8月18日 最高気温35度(最低気温27度)晴れ

お盆に1日遅れの16日お墓参りとは行かないので南禅寺へお参りに出かけた。
左手の地蔵菩薩、右手の観音菩薩、ご本尊の釈迦如来(多分あってると思う)の順に一元ずつお賽銭をあげ家内安全・無病息災をお祈りしてきた。単身生活に大病だけは避けたいもの、ご利益が有らん事を切に祈った次第。
その帰りにヤオハン・デパート食品売り場でらっきょうを探したが見当たらず、残りの可能性は新区のしんせん館くらいだろう。

一句「ブログネタ切れたときの程ちゃん頼み」
先日程ちゃんに「Oさん、戦闘服ってどんなんですか?」と聞かれた。
程ちゃん今度は人民解放軍にでも入るつもりなのか「そりゃ軍隊の着る服だろう、あんた今度は軍隊に入るの?」「違いますよ」、程ちゃんの話はこんなこと。

程ちゃんが日本で働いていた時の事、場所は花の東京である。
席を並べる日本人女性社員から飲み会に誘われたらしい、定時のチャイムが鳴ったかどうか知らないが定時を向かえた時、日本人女性同僚が言い放ったそうだ「程、行くよ!戦闘服に着替えな!」

Genki 服を着替えろと言われても此れしかないですと言うと、「女は何時も戦闘服ぐらい準備しとかなきゃダメじゃない」と叱責されたんだそうな。対貧生活の程ちゃんの事、飲み会用の服がどんなものか、それ以来疑問に思っていたらしい。

程ちゃんの名誉の為に書いておくが彼女は決して貧乏ではない、中国の郷里にマンションを1軒購入済みだし(頭金だけ負担したようだ)、オーストラリアはじめ香港、台湾、シンガポールなど近場を中心に海外旅行へ行っているし、日本国内は行かないところが無いほどうろついているし、要はお金の使い方が他の女性と違うだけのことである。

そんなことだが、程ちゃん何が驚いたかというと日本女性のオン・オフの豹変の仕方に驚いたそうな。
そんな所はオジさんも見てないから「へ~そうなの、あんたも色々と経験してるねえ」と感心して聞くだけであった。
わたしゃ戦闘服なんぞ知りません。
64回目の終戦記念日を向かえ中日両国の変化の大きさ、64年の時の流れ、もはや戦後ではありません。

2009年8月16日 (日)

上海

8月16日 最高気温32度(最低気温25度)晴れ

上海-南京都市間高速鉄道が来年2010年7月に開通予定。
この高速鉄道は、上海と南京を結ぶ全長297キロメートルで、列車の最高速度は時速300キロ以上に達し、上海から南京までの所要時間は約75分。列車の発車間隔は、最短3分間隔で運転される予定(新華社8月9日)

上海-南京間高速鉄道の話を聞いたのが1年程前、それが僅か3年足らずで完成するという。
この国はやることが早い、内需拡大策含めて早くしなければならない理由が有るんだろうが、キチンとした物が走るのかいささか心配ではある。
加えて自分も利用する現行の上海間動車組(新幹線)の利用率から見て3分間隔で走らせるほど利用客が居るとも思えないが、北京-上海間新幹線も建設中、中国の人の流れは上海へ向かっている。

そんな動車組(新幹線)に乗り先週に続き今週末も上海へ出かけた。
2009081601 万博に向けた上海市内の化粧直しは、大通りに面した老朽アパートを中心に上海市政府の費用負担で外壁の塗り直しが急ピッチで進んでいる。
これが完了すれば外見的には綺麗な上海市街地が出来上がるが内面は変わらない、面子(メンツ)第一の中国らしい発想、喜んでいるのはペンキ会社とペンキ職人だろう。

上海H社社員と月一定例飲み会の2回目、今回は「笑笑」の隣「白木屋」で飲み食い放題168元、「笑笑」「白木屋」は入り口は違うが同じ建物の1階が「笑笑」で2階が「白木屋」になってる、経営者が同じだから解らない話ではないがメニューも似たり寄ったりの店を何故並べて出店しているのか狙いが解らない。
ここも料金比での刺身が旨い、似たような値段で他の中国人経営の日本料理店ではこの質の刺身は食べられない、もちろん無錫の日本料理屋とは比べ物にならない。

取りとめもない話で過ごしたが、当然だけれど日本語だけで話が出来るのは有り難い、普段中国人だけの中で生活しているとこんな事も有り難い。
日本語が出来る中国人と話していると所々で不明な日本語が出て来、前後の会話の流れの中で不明な単語を悪い頭の中から探すのは結構疲れる、だから安心して酔えない。
白木屋で3時間ほど飲み食いし2次会はサザンクロス、1ヶ月ぶりのおねーちゃんを捕まえ1度は結婚しろと酔っ払いの悪い絡みでおねーちゃんを困らせウダウダ飲んだ、金ねーちゃんごめんね親父のタワ言だから。

翌日はZ氏と昼食を一緒に、彼との話は上海会話(金儲けの話)ばかり、今回は2010年万博でどう一儲けするかって話。そんないい話は簡単に有る訳もないがそんな話をする事自体を楽しんでいるし、こちらも結構面白く聞いている。携帯のストラップを売ったらどうか、たこ焼き売れよ、暑い季節だからかき氷、団扇はどうか、なんだか夜店のテキ屋みたいなアイデアしか出ない、これじゃ一儲けには程遠い。
料金清算の時、「幾ら?」と聞くと店のねーちゃんが「ジュウナヤー」とか言う「ジュウナヤー?なんだそりゃ?」もう一度「多・少・銭」とゆっくり標準語で聞くと「ジュウナヤー!」とまた大声で言う、大声で繰り返し言う事も可笑しいが二人とも何を言ってるのか解らず顔を見合わせ大笑い、中国人の彼にも解らない事も可笑しく、腹が痛いほど笑った。
他の店員を捕まえ聞いたら「九十一」元と言ってるらしい、何処の出身かと聞いたところ安徽省らしい、安徽省の田舎では「ジュウナヤー」と言うのか?、酒も入っており本当に可笑しかったので笑ってしまったがちょっと悪い事をしたかな。
多分安徽省の田舎から上海へ出てきたばかりの子で、幾らか?と聞き返したときも「あんた達は何故解らないのか?」と言わんばかりに大声で「ジュウナヤー」を繰り返す女の子に爽やかさも感じた。

無錫への帰りの上海駅動車組チケットの自動販売機、ここが問題。
2009081602 みなさん自動販売機の操作に慣れていないので購入中の人の周りに、自分の順番が来たときの為に操作を見ようと人だかりが出来る、自販機も座席の売り切れた列車名を表示するので操作の最後に売り切れですの表示が出て最初からやり直し、思うように操作が出来ずうろたえてると横から他人の手が伸びてきて画面を操作するので余計混乱に拍車をかけ途中で諦め帰る人も居るという具合で、兎に角購入までに時間が掛かる。
見ているだけなら大変に面白い光景だが、こちらも早く購入したいのでイライラし他人の画面に手を出してしまう。
面白いですよ上海駅のチケット自動販売機。

2009年8月12日 (水)

弟弟吸毒 父親販毒

8月12日 最高気温31度(最低気温25度)晴れ

台風一過また暑さが戻ってきた無錫、この地方の被害は軽微の様だが、増水の為運河に掛かる橋げたに船が引っかかり立ち往生している写真が夕刊紙に載っていた。

2009070701 今日の「江南晩報」に載っていた日本記事のキャッチ「弟弟吸毒 父親販毒」に笑ってしまった。
あはは、久しぶりのグッド・キャッチ・コピーだ、こんなのが大好きである。読者の脳みそを鷲づかみにする短文で素晴らしい出来栄えのキャッチ・コピーである。

記事の内容は当然、のりピーの麻薬事件報道であり、その上段には「酒井法子出生黒道家庭」、のりピーの出生家庭事情、ヤクザの父親の麻薬販売、弟の麻薬所持逮捕の記事が書かれている。
更にその上には「木村拓哉夫婦も巻き添え」、キムタク夫婦、その友人の江口洋介らへも調査の手が伸びそうだと記事にある(日本通の記者談)。
中国ですっかり有名になってしまったのりピー夫妻の麻薬事件、加えて中国でもおなじみ日本の有名スターさんの名前がぞろぞろ出て来、中国の読者も事の成り行きに興味津々だろう。

そんな記事を夕食を取りながらニヤニヤ読んでいると、隣の席の夫婦らしき客の旦那が店員へ怒り始めた。
「オイ、このチャーハンに塩の塊が入ってるゾ!」「なんだこの料理は、こんなものを客に食わせるのか!」店員のおねーちゃんは「すみません」と平謝りしてるが旦那の怒りは収まらない。
覗いてみれば白い小さな塩の塊らしきものを指差し、怒鳴っている。
チャーハンだもの塩は入るでしょ、そ~んな小さな塩の塊でイチャモン付けて、あんたらも「黒道」かい。
店員のおねーちゃんが10元を渡すと、しっかり受け取り、完食に近いチャーハンを残し去って行った。
こんな光景は中国では何処にでもあり珍しくも無く、客が去った後は何事も無かったように店内は平静に戻る。チャーハンの値段は6元のはずだから儲けたね、黒道さん。

2009年8月 6日 (木)

人生設計

8月6日 最高気温29度(最低気温25度)曇、小雨

週間天気予報とは異なり暑くならない無錫である。
涼しくて結構なことだが、地元民も近年に無い異常気象だとかで冷害による農作物の値上がりを心配しているらしい。
1999年に外したノストラダムスさんに2012年地球滅亡予言ってのが有るんだそうで、いよいよそのカウントダウンが始まったかもしれない。ノリピー失踪事件も関係があるかも。

程ちゃんが落ち込んでる。
「ア~駄目だ、人生設計が狂った」と私のデスクに来て突っ伏した。
どうしたの?と聞くと、「駄目だったんですよ~オ」と、自動車免許試験にでも落ちたのか?「違いますよ、そればバッチシ進んでます、落ちるわけ無いでしょ」、じゃ何なんだよ、「書類選考に落ちたんです」と。

程ちゃんは2010年上海万博日本館の案内嬢に応募していたのだ。(ボランティアじゃない有給)
その話は以前聞いていて、私も「程ちゃんのキャリアなら書類選考・筆記試験・面接試験までは問題ないヨ、問題はスタイルだな」と励ましていたのである。
採用されたら高い給料をもらって、日本で研修して、日本館提供の高級マンションに住んで・・・と夢は果てしなく広がっていたのである。
私の親身の忠告に従い、中国針で激やせすると言う謳い文句の針治療院へ1,600元も前払いし、傍目には全く解らない「500g痩せた」と言いながら昼食は肉類を避け、地道な努力をしていたところへ一番入り口の「書類選考で落ちた」との厳しい知らせが来たらしい。
経歴書に全身写真を載せたんじゃないのか!と叱責したが顔写真だけだったらしい。
落選理由の連絡は無く「落ちました」の連絡だけだそうで対策が見えない、ま、東京オリンピックが決まったら応募すれば?と適切なアドバイスをしているが年齢的に無理だろうな。ア!、年齢でカットされたのかも知れないな上海。
そんなことだが立ち直りの早い程ちゃんの事、食欲も復活し、効果の全く見えない針治療院の残り回数をひたすら消化し続けている。

私のほうは新人社員に日本語教育をこの一週間やっているが、その評判が悪いらしい。
そりゃそうだろう、日本語文法なんて解らない、副詞のどれが形容詞なのか解らないし、日本語が殆ど解らない新人相手に全編日本語でしゃべりまくってるんだから解らなくて当然だろう。
こんな人間に日本語教師をやらせる方が悪いのである。明日から上海で息抜きだ。

2009年8月 3日 (月)

ウンザリな会食

8月3日 最高気温28度(最低気温24度)曇、小雨

中国人民銀行の発表によれば、今年6月の金融機関新規融資額は1兆5304億元(約23兆日本円)となり、今年2番目の高水準となった。
これで今年上半期の新規融資額は7兆3700億元(約110兆日本円)の巨額に達し、通年の新規融資額合計は10兆-12兆元に達する可能性が出てきた。
銀行関係者は、不動産市場の回復に伴いプロジェクト着工量が増加、建材、非鉄金属、電力などの融資に向かったとの見方を示した。
ドイツ銀行のエコノミストは「融資の伸びスピードは34%に達し、8%成長維持に必要な融資拡大スピードの2倍を超えている。引き続き融資が急増すれば、インフレ、不良債権、資産バブルのリスクをコントロールするのが困難になる可能性がある」との見方を示し警告を発している。(BiZ pressoから引用)

今日、会社の飲み会に誘われたが理由をつけて断った、同席するのが面白くない。

先週2回会社関係の飲み会があり出席したが、会食中の話題は「誰が平米幾らのマンションを買って倍に値上がりした。誰それがマンションを3軒持っている。これからは何処にマンションを買えば値上がりが期待できるか。あんたのマンションは幾らで買ったのか。株は金(gold)は・・・・」話題はお金の話に終始し自分的には面白くも無く、むしろ同席しているのが苦痛である。

おまえら会社の将来とか、問題点とか、新人教育をどうするとか話し合わなきゃならないことがあるだろう。
それを言うと「会社の話は会社ですればいい、会社が終わったらそれ以外の話をする」との返事が返ってくる。

この傾向は南に来て非常に強くなったと感じる、北方では酒を飲んでも仕事の話をしたものだ。
上海近くの華中の人間は金の話ばかりである、皆浮き足立ってマンションの購入に走っているように見える。
中国人民は不動産バブル崩壊へ向かって突き進んでいると思える、バブルが崩壊し投売りが始まったらマンションの購入を考えても良い。

2009年8月 2日 (日)

天地人

8月2日 最高気温29度(最低気温24度)曇

涼しく過ごしやすい休日、外出せず終日ネットの日本TV映画で過ごす。
過日上海で購入してきた「天地人」DVDを見て以来、NHK大河ドラマ「天地人」にはまっている。
言うまでも無く戦国時代、越後上杉家家老「直江兼続」の話だがストーリーが良いし、上杉謙信役の阿倍寛、秀吉役の笹野高史、家康役の松方弘樹など適役、石田三成、真田幸村、伊達政宗などとの絡みも面白い。

2009080201 購入したDVDは1話から23話までが8枚のDVDに押し込んであるセットで、1枚7元×8枚=56元(700円強)、勿論違法コピー品であるが安くて画質も良い。
1枚あたり3話が入っているが見始めたら止まらず瞬く間に見終えてしまった。
続きを見たいがDVDの販売は未だ、KeyHoleTVでリアルタイムに見ることは出来るが画質が悪くネットスピードの関係で途中・画像が良く止まるなど見ずらい。
こんなときには中国国内のネット映画サイト「優酷(youku)」が便利、日本のTVドラマの殆どが無料で見られる。
今日現在で「天地人」29話まで中国語字幕付きでアップされており中国語の勉強にもなる。

優酷(youku)も当然著作権違反だろうが有り難いサイトである。
CHANCEもmr.BRAINもこのサイトで見た。
しかし、こんな速いスピードで中国語字幕を付けアップできるのは中国人にも仕事が速いやつは居るんだ、と関心する。
「天地人」は時代劇言葉も多く少し変な訳も見受けられるが良く訳していると感心するエライ!
さらにスピードを上げ頑張っていただきたいと切望する昨今である。

2009年8月 1日 (土)

太湖の汚染

8月1日 最高気温29度(最低気温24度)うす曇

最高気温が30度以下の日が続いている今週、過ごし易い無錫だが来週からは暑さが戻るらしい。

週末日本から友人のKさんが無錫に来ており、市内の南禅寺、ゲン頭渚公園、錫恵公園を観光案内へ出かけた。
太湖のゲン頭渚公園は入場料に近くの小島「仙島」へ渡るフェリー代金も含まれており船に乗り暫く走ると水面に青粉状の藍藻と呼ばれる水槽の底などに発生する緑色のコケのようものが大量に現れる。
これが岸に打ち上げられ異臭を放つことになるんだろう、太湖の汚染はやはり深刻な状況のよう。
これじゃ名所も台無しである、夏季は太湖へ近づかない方が賢明かも。
Kさんは杭州経由で来たこともあり西湖の水質に比べ太湖の汚れに眉をひそめている。
琵琶湖の3倍の広さがあるという太湖、水質改善も容易ではないだろう。

錫恵公園へ、今回で3回目のこの公園だが公園内の庭園・寄暢園への道が解らず案内できず失礼した。
一人で来たときも場所がわからず行けなかった、公園内の案内板の通りに行ってもたどり着けない、人に聞いても要領を得ない、どうも寄暢園には縁が無い。

2009年7月27日 (月)

誕生日

7月27日 最高気温27度(最低気温23度)曇りのち雨

日食の影響とも思えないが、22日以降気温が随分と下がり夜間もエアコン無しで過ごせる無錫です。
本日で5十うん回目の誕生日を迎え、中国暮らしも8年目に突入した。
メールが何件か来る程度で何も変わったこともない誕生日だが、今更誕生日を喜んでる歳でもない。
丸7年も一人暮らしていると汚い町並みにも慣れ、普通に暮らしていれば身に危険を感ずることもなく、日本に比べ諸物価が安く、のんびりした中国の生活はそれなりに捨てた物ではない。

土曜日は1ヶ月振りに理髪店へ行き、かみ合わない店員との会話で一時間、整髪&按摩をやってもらい30元(450JPY)。
市場でバナナとブドウを購入、2.5元/一斤(500g)、20元(300JPY)払ってたっぷりのバナナと葡萄を買った。
午後はサウナへ出かけ、一週間ぶりに湯船につかりサウナで汗を流し、風呂上がりのビールを飲み、冷房が少々効き過ぎの休憩室で2時間仮眠を取り外へ出ると、街は夜景に変わっている。

この間知り合った「ハンカチおじさん」と金曜日夕食を共にした。
このハンカチおじさんは痛風で先週までまともに歩け無かった。
無錫人民医院に痛風治療の権威が居るとかで看て貰った所、処方された薬を飲んだら一発で痛みが無くなり完治したとおっしゃる。
ただし薬の副作用で唇が腫れていたが、そんな事は気にする風もなく痛風完治のお祝いを含めて飲みに出かけた次第。
中国の飲み薬(漢方以外)は良く効くが日本人には少々効き過ぎるきらいがある、日本人には半分くらいの量が適量と思う。

ハンカチおじさんは、プラスチックのプロのようで、現在は廃プラからナフサを作る製造機をここで作っているそう。
定年も過ぎこれまで蓄えた技術を中国の若手技術者に引き継ぐのが最後の仕事と決め実践されているとの事。
日本では資金面、人材面で困難らしい。
無錫政府は欧米・日本の大学院留学中の中国人研究者、大手企業就業中の院卒中国人技術者を無錫にUターンさせ、資金と施設を無償提供し、次世代の技術開発区建設を推進中。
ハンカチおじさんの所の若手社長もその一貫で日本から帰国新規事業を立ち上げおじさんが技術支援している構図のよう。廃プラからナフサを作る工程の話を聞かせて頂いたが、素人の私にはチンプンカンプンですが、中国も色んな形で技術導入と国造りをしているんだと言うことは良くわかりました。日本もうかうかしていられませんゾ。

2009年7月22日 (水)

日全食見えず

7月22日 最高気温30度(最低気温24度)雨

朝から雨の無錫
会社のある建物の天井ガラス1枚が先日落下し粉々に、それ以降落下したガラス板の箇所にベニヤ板を置いて応急処置していたが、今日の雨でボタボタ雨漏りがしている。
雨漏りの水を電気掃除機で吸い取ってる掃除のおばちゃん、雨は止みそうになく幾ら吸い取ってもきりがない。
空の雨を掃除機で全部吸い取るつもりか、雨漏りの箇所へビニール袋でもかぶせた方が良かろうに。

2009072201 9時37分日全食開始、社員は全員仕事をおっぽり出し雨の降る戸外へ。
5分間ほどまっ暗になったが太陽は全く見えず、日全食観測は失敗に終わった。

2009年7月21日 (火)

日全食

7月21日 最高気温35度(最低気温27度)晴れ

2009072101皆既日食のことを中国語では「日全食」と言うようだ、食品会社の名前みたい
無錫地方では8:30頃から欠け始め9:30頃日全食、10:30頃に終了の予定
アパートの屋上へ出て見るつもりだが、天気予報では今夜から明日に掛けて雨と雷、局地的に暴風雨の予報、呑気に皆既日食観賞とはいかない天気のようだ。

2009年7月20日 (月)

水密桃

7月20日 最高気温37度(最低気温29度)晴れ

ビールが旨い季節
昨日もサウナでガンガン汗を流した後、休憩室で「冷えた」ビールを注文したが冷え方が中途半端でスカットしなかった。
水分の摂取を我慢しキンキンに冷えたビールを美味しく飲みたいが為にサウナへ来ているような所もあるんだから何とかして欲しいものだ。
ビールは北京で飲むのが旨い。
北京の40度も無錫の40度も気温は同じだが北京は湿度が低くビールを飲む時の喉越しの爽快感が抜群にイイ、夏のビールは北京に限る。

退職したLさんから無錫特産「水密桃」を頂いた。
2009072001昨日サウナを終えスタバでコーヒーを飲んでいたら、Lさんから「水密桃を持ってゆく」と電話が掛かって来、頂いた次第。送別会のお礼だろうが義理堅い子である、親御さんの教育が良いんだろう。
私の経験では中国で返礼に何かを頂いた事は殆どない、貸した本・DVDは帰ってこない、食事を奢っても御礼の言葉も無い、それが普通になっていたのでLさんの水密桃が輝いて見える。
「水密桃」は無錫の特産らしい、この水密桃は蜜がたっぷりで甘くやわらかく美味しいです。
今が旬のようで町中で売っています。

2009年7月18日 (土)

また送別会

7月18日 最高気温37度(最低気温28度)晴れ

「無錫市気象台は7/9、無錫が8日に梅雨明けしたと発表した。
今年の梅雨の期間は6月26日から7月8日までの12日間で、例年より16日も早く梅雨が明けたことになる。」
なんだそうで、無錫の梅雨はとっくに明けているらしい、そう言えば最近雨が少ないが蒸し暑さは変わらない。

昨日も送別会、通訳担当のLさんである。
Lさんも私の日本語勉強会の生徒さんだが彼女は日本語が達者で雑談会のメンバ。
無錫人の彼女からは多くの地元情報を得てブログネタにしていたのだが情報源が絶たれる事になる。
昨日の送別会はプライベートなので日本料理を長く食べていないというリクエストに答え二人で新区日本料理屋「吉亭」の食い放題88元/人コースへ
刺身盛り合わせ、てんぷら、握り寿司盛り合わせ、串焼き盛り合わせ、すき焼きなどで元は取った

Lさんの転職先は錫山区の区職員、一昨日のCさんは不動産屋の財務、転職先は様々
中国では政府関係への就職は人気が高く仲々就職は難しいが、Lさんの親戚が副区長だとかで縁故で潜り込んだらしい。
人気の理由は安定度が高い、福利厚生が一般企業に比べ良いのだそうで、福利厚生面では健康保険、年金、住宅積み立て補助が充実しているらしい。
今も有るのか解らないが、日本でも給与天引きで住宅購入資金の積み立ては一般預金より少し利率がよい積み立て制度があったが、中国での制度は給与天引き額と同等額(企業により異なるし上限額も有る)を企業が負担する制度であり、企業にとってかなりの負担額である。
ところがここの政府の積み立て補助金制度は、たとえば1000元を天引き積み立てすると2000元の積み立て補助金が出るそうで、これじゃ一般企業はかなわない(地方政府によって制度は異なるが無錫は金持ちの市である)。
ま、ともあれ私としては区政府に知り合いが出来ることになり歓迎である。

2009年7月16日 (木)

労働

7月16日 最高気温36度(最低気温27度)晴れ

今週で退職する財務部Qさんの送別会で親しい人が集まり夕食会。
彼女は私の日本語勉強会の生徒の一人で、日本語センスも良く残念だが仕様が無い。
こちらの送別会は日本に比べれば非常にさっぱりした儀礼的なものでご飯食べてハイ終わりってな感じである。
送辞も答辞も無くまた去る職場への思いを語る訳でなし、新しい職場への期待を語る訳でなし、料理の味、マンションの価格の話などいわゆる世間話で終始し食べ終われば解散である。
私も2度この様な送別会で送られた経験があるが、日本人の癖で現職場への注文・改善点を酒に任せてグダグダ語ってしまう、言っても何も変わらないのは解っていても。

中国人の職場・仕事への思い(考え)は生活費を稼ぐ場所で、かつ友人関係を築く場所なんだろうと見える。
労働を提供しそれに見合った賃金をもらう、見合った賃金が得られなければ別の職場へ移動してゆくし、自分の能力が発揮できる環境・待遇が得られなければ移動してゆく、そしてそう言う人材を新しい職場も受け入れる。
全員がそうかといえばそうでもなく給料が安くても新しい技術を得るために我慢しているものも居るが、技術を獲得してしまえば去ってゆく。
ま、突き詰めれば労働というのはそんなものかもしれないが、それだけじゃないだろう思う。
過去の私は仕事に何を求めていたんだろうか、生活費・友人・待遇・技術の習得は変わらないがそれに加え「到達点の見えない自己満足的努力と発展のない安定」かもしれない。徐々に中国人化して来ているかもしれない。
誰かが日本の労働者は「幸せの先送り」をしていると、今の幸せを我慢し定年を迎え、定年後の楽しみは思い出に生きる。しかし年金制度の崩壊が現実に見えて来はじめた今、日本人の考え方も変わってゆくのかも知れない。

中国就労ビザがようやく取得できた。
2年の就労ビザでこれで2年間はビザの心配から開放されることとなる。

2009071501 2009071502

2009年7月13日 (月)

ハンカチおじさん

7月13日 最高気温35度(最低気温27度)晴れ

昨日の日曜日、午前中はゴルフ打ちっ放しで汗を流し、午後はサウナ風呂へ行き汗を流し冷房の効いた休憩室でゆっくり寝たので体調がよい。
無錫に来て何軒かサウナへ行ったが、浴場の清掃がイマイチで不衛生、サウナ室、休憩室の設備も満足行かなくリピートする気にならない店ばかりだ。
その理由は簡単で、客の目的は風呂・サウナではなくその他が目的の奴らばかりだからで、私のように純粋に大浴場・サウナ・休憩室で疲れを癒そうなんて発想の奴が居ないからである。
昨日行った「海蘭雲天休閑中心」はフリーペーパーで豪華設備と謳っているのを見、豪華設備の謳い文句に引かれて少々遠いが行った店である。
これまで行った店に比べれば大きい施設で店員の対応も良かったが、休憩室フロアーにVIPルームがやたら多いのが気になった。

最近朝の通勤時バス停で私と同じ年格好に見える男性の御仁を時々見掛けていた。
私は一般の市バス待ちだが彼は開発区行きの専用バスに乗り込んでおり、バス停も異なるため遠目で見掛ける様な案配だ。
大きな黒鞄を肩からぶら下げ、メガネを掛け、メタボ検診では必ずバツを食らうだろうと思える体型の日本人に見える御仁である。
2009071301 こんな田舎だから日本人ではなかろうと踏んでいたが、この暑さでのバス待ちの最中その御仁が「ハンカチ」を取り出し汗を拭いたのを見て日本人と確信した。
中国人はハンカチを持たない、手洗い後はピュッピュッと手を振って水を切る、街でハンカチなるものを売っているのを見たことがない。

すかさずその御仁に近づき「お早うございます」と声を掛けたが返答がない、ムム?違ったか?「日本のかたですか?」と更に声を掛けると「おっおー!」と驚いたような返事が返ってきた。
やっぱり日本人であった、しかも同じアパートに住んで居られ、このアパートの日本人住人に会うのは初めてとおっしゃる。
バス待ちの間で自己紹介もそこそこだが、無錫に来て2年目らしく駆け出しの私に比べれば経験豊富なはずである。
色々と教えを請えるだろう、今後の展開が楽しみである。

2009年7月12日 (日)

警備員

7月11日 最高気温35度(最低気温26度)晴れ

言ってもしようが無いが本当に暑い、外の体感気温は40度近くは有るんじゃないだろうか。
そんな酷暑の中「清名橋古運河景区」へ出かけた。
代わり映えがしないと言えばそれまでだが無錫市内にある水郷風景の場所、先日車で移動中会社の運転手が「どう、ここ綺麗だろう?」と車中から教えてくれた場所で、次の土曜日に行こうと決めていた場所である。

2009071101 例によって2元バスで移動だが、バス停で待っていたところバス停隣の自動車整備工場で洗車しているのを見かけた。
1台の車になんと6人がかりで洗車している、人余りの中国とは言え非効率過ぎないか?(逆に効率が良いのか?)
日本なら自動洗車機使って一人で済むところだろうに、洗車機よりマンパワーのほうが安いんだろう多分。

炎天下30分ほど待って要約来た106番のバスに乗り目的地へ出かけたが、この106番のバスは冷房も入ってない。
清名橋古運河景区に到着、清名橋とは運河に掛かる3つの橋の内の一つの橋の名前だった。
2009071102 2009071103 2009071104 説明するまでも無く、運河があって、石橋が掛かっていて、運河沿いに古い民家が並ぶ水郷風景だが、無錫の開発から取り残され残っているところが希少価値である。
運河沿いの民家はボロボロの状態で今のところ「汚い」と言うのが正直な感想だが、運河沿いの歩道・民家は現在整備工事中で、出来上がれば運河沿いに土産物屋・レストラン・バーが並ぶことになるだろうから、手の付いていない今のうちに場所を確保し商売でもやったらどうか?結構行けるだろう。

清名橋の近くに「絹糸紡績博物館」(入場料15元)が有り入ってみた。
2009071105 客は私一人だけで私が館内に入ってゆくと昼寝をしていた警備員が起き上がり後を付いて来た、古い紡織機、絹織物、絹刺繍品が展示してあるだけのどって事のない博物館で警備員の昼寝を邪魔しただけだった。
出口の切符売りのおばちゃんに「いかがでしたか?」と聞かれたが「まあまあ」と答えておいた。

清名橋を渡った先に「無錫かまど遺跡博物館」と言うのもあった。
2009071106 入場券を買いに売り場の有る事務所に行き、何しに来たの?と言わんばかりの無愛想なねーさんから切符を購入したが入り口には15元と書いてあったが実際は5元だった。
自動改札機に入場券を通し館内に入ると、ここも客は私一人、館内には釜戸遺跡から掘り出された屋根瓦、鬼瓦なぞが展示してあるが電気もついてないしエアコンも入ってないし何だここは?と思いながらプラプラ見て回っていると警備員が寄って来「何してるんだ?出て行け」と無礼なことを言う。
「お前はなにを言ってんだ!俺は入場券を買ってここを見に来た客だ!文句あるか!」と怒鳴り返した。
もう一度「文句あるか!」と言うと「俺は知らないよ~」と捨て台詞にもならない台詞を吐いて謝るでもなく退散して行った。
恐らく、ここは見物客なぞ来たことは無いんじゃなかろうか、何だここは。
見る程の物も無く出口へ行くと先ほどの警備員が居た、「出口はどこだ!」と言うと、気持ちの悪いほど態度を変え愛想笑いを浮かべ「こちらです」と出口まで案内してくれた、多分切符売り場に確認したんだろう。
猛暑に加え無礼な博物館に遭遇し気分の悪い清名橋古運河景区であった。

2009年7月 8日 (水)

タクシー運転手

7月8日 最高気温34度(最低気温25度)晴れ

一昨日、新区へ程ちゃんと出かけたときのこと。
20090708 タクシーに乗り込み二人で話していると運転中の運ちゃんが「話している言葉は英語か?日本語か?」と聞いてきた。
英語か?日本語か?と言う質問内容も結構すごいが「日本語だよ」と答えると「家の娘が今年大学だが、日本へ留学するか、フランスへ留学するかで迷っている」と言い出した。

中国の大学は9月が新学期、入学する大学は決まっておりその後の進路で親子で話し合っているという。
娘さんは日本留学が希望らしい。
娘さんは江南大学に入学するが、ここ江南大学では日本の何処かの大学と生徒の交換留学制度が有るらしく、1年間の内6ヶ月を江南大学で勉強し6ヶ月を日本の大学で交互に勉強することを4年間繰り返すと江南大学の卒業資格と日本の大学の留学資格(卒業資格まで取得できるかはお父さんも知らないらしい)が同時に取得できる便利な制度らしい。
これは小子化に対応して日中大学共に学生を集める為のジョイント企画制度だろうが大学も色々考えるね。

「お父さん、先ずは英語の習得が先じゃないの?」と言うと
「英語は6級の資格を取ってるから別の言語を勉強させたいのよ、日本語とフランス語のどっちが良いかね?」
「無錫・蘇州・上海で働くなら日本語だろうけど、日本語と英語は文法が大きく違うから日本語覚えると英語忘れちゃうよ、フランス語の方が覚えやすいんじゃない?でもタクシーの運転手じゃ留学費用も楽じゃないね?幾ら掛るの?」
「50万元(700万円)」
二人で「エー!ご・・ごじゅう万ゲン!、そんなお金良くあるね!」
「マンション2軒を売ったし、タクシーも一台売った」
タクシーを売るとはこう言う事らしい、彼はタクシーの営業権付きで車を2台購入、1台25万元で購入したらしいが、その内の1台が50万元で売れたという。中国ではタクシー営業権付きの車が売買されるらしい、知らなかった、奥が深いこの国。
このタクシーの運ちゃんは金持ちの様だ。

その後、程ちゃんの貧乏日本留学の話を延々として、日本でバイトすればもっと安く上がる云々の金持ち運ちゃんにとってアドバイスになったかならないような話をしていると新区に着いた。
タクシーを下りるとき「こんな為になる話を聞かせたんだから料金タダにしなさいよ!」と程ちゃんが交渉したがタダにはならなかった。
程ちゃんは立派な中国人である。

2009年7月 7日 (火)

夕刊紙

7月7日 最高気温33度(最低気温25度)晴れ

七夕ですね、無錫は曇っており星は全く見えません。
2009070701 夕食を食べながら「江南晩報(夕刊紙)」を見ていたら、1面はウィグル騒乱で140人死亡の記事。
2面の片隅に殺人事件のニュースが載っていた。

[7月4日]蘇州の酒吧(おそらくKTVだろう)で日本人男性が1名の女性服務員を刺死
女性服務員は李召君という19歳の女性で6箇所を刺され病院に運ばれたが死亡、容疑者の日本人男性は星野×二(1974年生まれ)一旦酒吧から逃走後警察に出頭し身柄を拘束された。
星野×二は蘇州工業開発区の蘇州巴開吉設備有限公司に勤務、金銭トラブルの感情の縺れから殺人に至った模様。
男性はこの酒吧の馴染み客で、当日部屋に入った後女性服務員の「あ~!」と言う声がした後部屋から逃亡、服務員が警察へ電話した。死亡した女性服務員は未婚だがボーイフレンドがいた。

食堂のおねーちゃんにボールペンを借り記事のポイントだけをメモしてきたので、多分こんな内容の記事だったと思う。
事件のストーリーは恐らく、カラオケの若いおねーちゃんに入れ揚げた日本人のばか者が金を注ぎ込み、別れる切れるの話で、金を返せ・返さないで揉めて殺人に至ったんだろうと勝手に推測する。
多分綺麗で日本語がそこそこ出来るおねーちゃんに入れ揚げた若者(34歳)の悲劇だろう。
殺人まで至るケースは少ないが、似たような話は中国では何処にでもある話で珍しくも無いが、中途半端に使い出の有る金を持ち誘惑の多い魔都市で暮らすには自分をしっかり持たないと危ない事になるね。

2009年7月 3日 (金)

新500元人民札

7月3日 最高気温31度(最低気温23度)晴れのち雨

中国でもネット上のデマは多々有るが、ニュースで取り上げ否定する例は少ない。

20061219232211628 [7月2日のニュース] 中央銀行関連責任者は“11月に新版の500元人民元を発行します”とのネット上の書き込みは、デマだと語って、ネットの上の書き込みはまったくあり得ない話と否定した。
ネットの上には、今年11月500元額面の紙幣が発行されると'新500元人民元”の写真が掲示され、紙幣には鄧小平の笑顔の肖像が印刷されていた。
これに対して、中央銀行は、新版500元人民元”の計画は無く、ネットの上の書き込みはまったくありもしない話と責任者は語った。

中国国内の銀行融資残高は昨年一年間の融資総額を半年で超えてしまったらしい。
上海市街地の不動産価格は最高値を更新しているらしいし、財政のバランス的に他の先進国よりはマシとは言え景気後退を何とか避ける為の無秩序に近い金融緩和策がこれらの背景にある。

住宅ローンも借り易いことから若者達も住宅ローン借り入れによるマンションの購入に走っており、加えて投資目的のマンション購入熱は相変わらず高い。

中国政府は市場をインフレへ誘導しているのかも知れない、これらの背景もありデマ500元高額新札の話しも誠しやかに流布するんだろう。
何処のタイミングでどの程度の金融引き締め策を発動するのか?、低額所得者にお金を貸し続けたサブプライム破産が中国で起きないとも限らない。

これらの話とは別に、中国人民元の最高額が100元というのは財布がかさばってしようがなく500元札が欲しいところではある。

2009年7月 2日 (木)

お知らせ

7月2日 最高気温32度(最低気温24度)晴れ

中国出張の方々気を付けましょう。
日本国大使館も、しもの世話まで御苦労なことです。
----------------------------------------*
在中国日本国大使館からのお知らせ

****************************************

売買春行為に関する取締強化について(09.07.01)

中華人民共和国公安部は、6月26日付の同部のホームページ上に、組織的、強制的な売買春行為の取締りを強化するため、9月末までの3ヶ月間を取締強化期間とし、中国全土において取締運動を展開する旨を掲載しました。

「中央総治弁、公安部部署開展打撃組織、強迫婦女売淫犯罪活動専項行動」

上記の発表によりますと、売買春行為の温床になっている場所、特に、
(1)カラオケ、ディスコやナイトクラブなどの娯楽施設、
(2)理髪室、足裏マッサージ、美容室、エステサロン、浴場やマッサージ店等のサービス店、
(3)旅館、ホテルやマンション等の公共宿泊施設について、監督取締を強化するとしております。
また、今般、これらの行為をより厳しく取り締まる理由として、新中国成立60周年に向けて良好な社会環境をつくるためとしています。統計によれば、近時、中国全土の公安機関等によって摘発された売買春行為の案件は、年平均14万件以上、25万人以上とのことですが、最近は特に組織的、強制的な行為が増加しており、事件が悪質化しているとのことです。

在留邦人の皆様におかれましては、このような売買春行為に関わることなきよう、十分な注意を払って下さい。

2009年6月23日 (火)

バイ菌扱いか

6月23日 最高気温33度(最低気温23度)晴れ

相変わらず暑い無錫、今日の湿度は49%でさほど蒸し暑くはない。

通勤時この時期のバスは冷房が入っており乗客の多さを別にすれば快適なのだが、何時来るか解らないバスを炎天下で待つのがきつく三輪タクシーを利用してしまう。
三輪タクシーは人力車に50ccエンジンを付けたような乗り物だから当然のこと冷房は無いが、前方から吹き抜ける風が涼しく乗り心地はまんざら捨てたものではない。

日曜日街で購入した「ターミネーター4」のDVD(7元・100円)を見た。映像は映るがモノクロである。
DVD再生機の接続が悪いかと配線をいじってみたがモノクロでしか再生されない、加えて音声が「ロシア語」で、字幕が「中国語」と言う代物。
音声は全く解らず、字幕もチンプンカンプン、映像もモノクロの映画を2時間も見続けた。結局どんなストーリーかも解らず、どれがターミネーターなのかも解らなかった。
ロシアにはカラー映画は無いのか!

20090623 昨日の事、隔日にやっている日本語会話教室の時間になっても生徒が来ないので電話で催促したところ「仕事が忙しいので出席できない」との返事、「じゃ、明日にしましょう」「明日も忙しくて出れそうにない」と言ってきた。
どうも新型インフルエンザを日本から持ち込んだのではないかとの疑いと2次感染被害を恐れての行動と推察した。
おみやげのお菓子も買ってきてやったのに、わしゃバイ菌扱いかい!

2009年6月18日 (木)

羽田便

6月18日 最高気温34度(最低気温24度)晴れ

2週間ぶりに無錫に戻ったが、気温も去ることながら湿度が高く蒸し暑い。

新インフルエンザの対応で会社への出社は控え今週は自宅待機である。
無錫に来てから初めての帰国は上海紅橋空港から東京羽田空港までのチケットが時節柄非常に安く手に入ったので往復羽田便の上海航空を利用した。
朝9:45発に乗るにはどうしても上海で1泊しなけりゃならない。
今回は前日上海国際博覧中心で「溶接・切断展」を見学、溶接・切断技術もCAD・CAMソフトが必須な訳でまんざら関係が無い訳ではない。
展示会では世界中の企業が出展しており、溶接ロボットのFANUC、PANASONIC、切断機のTANAKAなど日本メーカーも出展していたが日本メーカー技術には一日の長が有るように見えた。

上海紅橋空港の国際便は国内線ロビーの一部を仕切り利用しておりラウンジも国内線と同じものだった。
飛行機の搭乗率は30%程でここでもインフルエンザの影響が大きく、乗務員は全員マスク着用だった。
羽田入国時インフルエンザ検査は中国便の事も有るのだろうが殆どチェックも無く至ってスムーズ、帰宅までの時間も短く羽田便は非常に便利である。

戻りも同じく羽田発、羽田の国際便ターミナルはプレハブ作りの様な陳腐な建物(現在国際ターミナルを建設中)でラウンジも全航空会社共通でサービス品の品揃えも良くない。
P_13 上海紅橋空港のインフルエンザ検査は物々しく、到着後写真のような完全防備の検査員が機内に乗り込んで来、全員の体温測定を行う。
幸い搭乗した機内に発熱者は居らず全員解放されたが、もし発熱者が居たらどうなったか興味の有るところである。
預けた荷物が麻薬犬のチェックに引っかかった、かわいい犬だが余計なことをしてくれる。
何が引っかかったのか解らない、荷物を空け関税員に見せる羽目になった。
「食材がある?」「ええ、あります」「じゃOK]と以外にも簡単に済んだ、どうもあの犬は腹が減っているのか食材を引っ掛けるらしい。
紅橋空港からタクシーで上海汽車駅へ移動、新幹線(動車組)の無錫行き当日券を自動販売機で購入、夜の無錫に戻った。

2009年6月 1日 (月)

教習所

6月1日 最高気温32度(最低気温20度)晴れ曇り

20090528052006年5月、内モンゴルの砂漠へ行ったときの写真、海の海水が全て砂になった様なイメージだった。

今日の雑談でボーリング場が流行っていない話をしたところ、劉さんの話では無錫でも3~4年前には大変に流行りボーリング場も沢山出来たが今はすたってしまったとの事。
「未だボーリング場ありました?」と逆に聞かれてしまった。また「あれは軽い運動だから老人のスポーツでしょ」とも言われてしまった。中国のスピードはこんな所でも速いんだ。

劉さん、程さんは現在自動車運転免許取得のために教習所に通っている。
費用は劉さんは3,000元、程さんは3,500元だとか、1ヶ月の給料に近い金額、日本に比べて安いのかな?高いのかな?
お二人とも筆記試験は完了、劉さんは100点満点の99点だったと胸を張っていた。
現在実車練習中で37時間以上必要らしい。
教習所のコースには信号、横断歩道がないと言う、どうして無いのか?「街に出て路上運転の時に有りますから、教習所には必要ないです」だからあんたたちの運転は危ないんだヨ、横断歩道を歩いていても車が止まらないのは練習していないからだ!

明日上海で仕事、明後日から2週間帰国、ブログ中断です。

2009年5月31日 (日)

保齢球

5月31日 最高気温33度(最低気温20度)晴れ

30度超の日が続く無錫です。
そんな昨日土曜日、程ちゃんと何処かへ出かけようと言う話になったが、この暑い中炎天下は遠慮したい。
室内の涼しいところで健康的に遊ぶところは?と言う事で「保齢球は?」という事になった。
2009052901 保齢球(baolingqiu)はボーリングの中国語、早速ネットで無錫のボーリング場を調べると何箇所か有ったが、無錫日本人会のボーリング同好会が利用している「正源保齢球館」へ行くことにした。
若いころは良くやったが最近はボーリングなんてやったことが無い、久しぶりだし中国でボーリングをやるのは30年ぶりくらい。30年前北京の国際クラブに有った4レーン程で倒れたピンは人力でセットし直すボーリング場しか知らない。

正源保齢球館は無錫汽車駅の向かい側、運河沿いに有った。
行って見たら入り口が閉まっている、閉店か?と思い隣の食堂のおばちゃんに聞いたら12時開店だそう、2階の喫茶店で時間を潰し12時を待って入場。
値段表を見ると12時から17時までは1ゲーム15元(210円)、17時から18時まではサービスタイムで1ゲーム5元(75円)とある、17時まで待とうかとも考えたが先ずはやってみようということで一人3ゲーム+貸し靴代5元を申し込み、その場で料金を払う。
このボーリング場は20レーンほど、お客はロシア人らしい男3人組みと中国人の2人組みに我々を入れ3組だけ、あまり流行っていない。
2009052902 機械はブランズウィックを使っているがこの機械良くトラブる、時々ピンセットの装置が下りて来ずその度に係員のおね―ちゃんを呼んで修理、他のレーンでも同じような按配で1ゲーム中に2回ほどトラブる。
レーン横の柱には「クラブ メロディ」の巻き広告がボーリング終わったら来て下さいと誘っている。
久しぶりのボーリングだったが、170点台は出せたので面目は保てた。

17時からの5元コースをまたやるか!って事になり、遅い昼ごはんを食べ、日本で行列が出来てる「H&M」が保利広場に有るらしいので暇つぶしに見に行ったが何だかユニクロ見たいな店内で人は少なかった。
17時に再度ボーリング場へ、先ほどの係員のおねーちゃんが手を振って迎えてくれる、お客は8割り方埋まっており金髪の男女グループが賑やかに騒いでいる、3ゲームずつ消化し帰宅したが良い運動になった。

2009年5月29日 (金)

呉語

5月29日 最高気温30度(最低気温19度)晴れ

20090528012005年7月 西安の兵馬傭博物館、等身大の兵馬像が無数に、圧巻です。

(引用)
中国語の五大方言は北京語、呉語、広東語、福建語、客家語。

  ●北京語:現在は普通話と呼ばれる。

  ●呉語:北方中国語(官話方言)に次ぐ一大方言グループをなし、上海語はその代表格。

  ●広東語:広州市と香港を中心に話されている「広府話」を標準とする同系統の方言の総称。

  ●福建語:漢語方言の化石と称されるほど古い起源と複雑な形成過程を有し、方言研究の宝庫とみなされている。

  ●客家語:話者は、主に広東省東部、福建省西部、江西省南部の山間部および台湾の北西部に分布する。

中国語の標準語(普通話)は北京語の発音をベースにした言葉の様だが、北京語にも北京訛り(江戸弁のような巻き舌音er)が有り、東北ではズーズー弁に似た東北訛りが有るが標準語とそれほどの差は無い。

ところがここ無錫の地元民が話す呉語は、標準語とは大きく異なり同じ中国語かと思えるほど発音が違う。
(引用)(呉語ごご; 上海市、浙江省の大部分、江蘇省南部及び安徽省、江西省、福建省の一部で話される。呉語の主要なグループには上海グループ、(上海語)、蘇南グループ(蘇州語)、東おうグループ(温州語)などがあり、上海語と蘇州語が代表的な呉語とみなされる。)

標準語(普通話)と無錫語(呉語)とは如何ほどの違いがあるのか、今日の雑談の中で劉さんに聞いてみた。

数字の発音(カタカナ表記、正しい発音とは異なる)
一(標準語:イー、無錫語:イェ)二(アール、リィァン)三(サン、セ)四(スー、ス)五(ウー、ン)六(リウ、ロ)七(チー、ツェ)八(パー、バ)九(ジゥ、ジゥ)十(シ、ゼ)

こんにちは、これ(あれ)幾らですか?
標準語:ニーハオ、チェイゴ(ナーゴ)、ドゥオシャオチィェン
無錫語:ニーホ、イーゴ(ゴゴ)、ジーフズォピョウ

だそうです、これじゃ解らないはずだ。

2009年5月27日 (水)

統一試験

5月27日 最高気温28度(最低気温16度)晴れ

20090527012006年1月桂林の川下りの写真、冬季で水量は少ないが美しかった。

明日から中国は端午節休暇、土日含めて4連休運になる企業も多いが我々は日本休暇に会わせているため出勤である。
端午節については以前にも書いたので省略だが子供の節句ではない。
粽(ちまき)を食べるところは日本に同じ、粽と言っても日本風ではなくもち米に肉とかあんを入れたオムスビ状のやつである。これから夏季に入るがここ無錫は梅雨が有るらしいので雨の多い季節がやってくるはずである。

今日の雑談の話題は、6月の全国統一試験、中国の入学式は9月、6月は卒業・入学試験シーズンである。
大学入試にあたる全国統一試験はどんな仕掛けなのか聞いてみた。

全国一斉に試験が行われ、受験者は答案結果が帰ってくる前に自分の答案成績を自分で採点し通過できると思われる、第一志望校3校、第二志望校3校を申請する。
試験の結果、志望校合格ラインがクリアできれば今度は大学側が合格ライン以上の生徒を選ぶ。
選ぶ基準は高得点の学生、出身省のバランスなどで決めるらしい。
志望校の合格ラインを3校ともクリアしていると何処の大学に進むかは大学側が決めるため何処へ入学するかは通知が来るまで解らない、抜きん出て成績の良い生徒は有名大学の間で取り合いになるらしい。

試験問題は各省によって作られるためまちまちだそう、これは各省の教育レベルに差が有るためこの様な処置が取られているらしい。
じゃ試験直前に教育レベルの低い省へ引越しすれば有名大学への入学も大都市に比べ易そうだが、それは法的に禁止されていると言う。
従って北京大学、精華大学の学生も出身省によりおツムの中は格差があり一級品ばかりではないらしい。
統一試験の満点は750点、北京大学、精華大学に入るには660点以上必要らしいく、少数民族枠もあると言う。

雑談

2009年5月24日 (日)

恵山古鎮

5月24日 最高気温29度(最低気温16度)うす曇り

webの無錫紹介ページで無錫にも江南水郷風情の観光地が有ることを見つけ早速出かけることにした。
場所は錫山公園近くの「恵山古鎮」、1年間フリーパス対象の錫山公園の隣に有るらしい。
722番のバスに乗り商業大廈で乗り換え錫山公園へ向かう。
地図で見ると錫山公園を突き抜け裏門から出ると近そうなのでフリーパスで錫山公園に入る。
2009052301 2009052302 2009052303 公園内の泥人形販売店の入り口の人形、第二泉の龍の口をパチリ。
裏門出口の係員に聞く。
地図を見せ「恵山古鎮って知ってる?」「ム~?」暫く考えて「あ、ここ出て左」あまり有名な場所じゃないらしい。
裏門を出て2,3分も歩くとそれらしい中華門があった、どうもこれらしい。
現在至る所工事中、上海万博の流れ客を狙っての工事だろうと思う。
庭園の蓮の花が咲き始めていた。
2009052304 2009052305_2 2009052306 2009052307 2009052308 2009052309

2009年5月23日 (土)

ラジオ

5月23日 最高気温27度(最低気温17度)うす曇り

うす曇の無錫、出かけない休日は日本のラジオを聴いて過ごすことが多い。
最近のTVに出ている顔ぶれは解らない、従って見ていてもつまらない。
その点ラジオ番組には昔懐かしい顔ぶれが多く出ており違和感無く楽しめる、自分も歳を取った。
2009052201その中でもTBSラジオ月~木曜日 22時~24時(日本時間)「アクセス」渡辺真理ちゃん、あの鼻に掛かった色っぽい声が良い。
同じくTBSラジオ土曜日 13時~15時(日本時間)「久米宏ラジオなんですけど」相変わらず元気で早口のしゃべりが良い、65歳であの頭の回転の良さには関心する。
土曜日 8時30分~13時「永六輔その新世界」永さんは年齢(76歳)も有るのだろうが声に張りが無く年齢を感じさせる。
若手では「安住紳一郎の日曜天国」日曜日 10時~12時、安住くんはそのまじめな性格が声に出ているし頭の良さが感じられ良い。
「ミッキー安川のスーパーフライデー」(ラジオ日本 金曜日 深夜11:30~1:30)相変わらず偉そうな事ばかり喋ってはいるが、深夜0時に国歌君が代を必ず流す、外国で聞くとジ~ンと来るものがある。
そんなことでラジオを聴くことが多くなっている。

就労ビザの手続きが遅れている、理由は中国政府からの「招聘状」がなかなか発行されない。
理由ははっきりしないが、日本で流行中の新型インフルエンザが持込まれるのを心配しているのでは?と程ちゃんは言っているが、当人は中国に居るのだから関係ないだろう。ビザの発給が厳しくなっているらしい。
3カ月の滞留期限も迫っており困ったものだ、香港へ一度逃げて滞留期間を延ばすことも考えなけりゃならない。

2009年5月22日 (金)

甲魚

5月22日 最高気温30度(最低気温17度)晴れ

朝出勤時バス停でバスを待っていたら、自転車のハンドル片側2匹ずつのスッポンをぶら下げたスッポン売りのおっちゃんが寄って来「スッポン要らないか?」と言ってきた。
出勤途中の人間にスッポンを売りつけるのも何だか的はずれな気がするが、スッポンの尻尾を紐で結びハンドルからぶら下げている。
へ~エ、スッポン売りも居るのか、このあたりは運河が多いからさぞかしスッポンも多く生息してるんだろう。

中国語ではスッポンを「甲魚(jiayu)」と書き、日本語では「鼈」と書くんだそう、日本語は難しい漢字です。
中国字は甲羅のある魚、解りやすくは有りますがあれは魚か?ネットで調べると爬虫綱カメ目スッポン科に分類されるので魚じゃないね。

昼食時若い社員にスッポン売りの話をしたら、普通はカゴか網に入れ売りに来るのが普通で自転車にぶら下げて売るのは珍しいと言っていた。スッポンの食べ方を聞いてみたところ、煮る(鍋)、炒めて食べるらしい。
鍋は一般的だが、油で炒め野菜を加え醤油で味付けしても食べるらしい。

江戸時代10両を盗むと死罪だった当時、左官の亀五郎が10両を盗み死罪となった時詠んだ辞世の句。
「万年も生きよと願い亀五郎、たった十両で首がスッポン」

2009年5月21日 (木)

最近のニュース

5月21日 最高気温25度(最低気温18度)小雨

2009年7月22日午前8時頃の皆既日食、無錫は観測ベスト地点
(引用)
中国科学院、中国科学協会、科技部、国家自然科学基金委員会は19日、今年2009年7月22日午前8時頃に起こる日食に関して合同で発表会を開催した。
発表会では、今回の日食は二千年間で日食時間が最も長く、日食の始まりから終わりまで約2時間以上と今世紀最大の日食となると伝えた。
また、中国国内では皆既日食となる時間は最大6分間で、皆既日食が見られる皆既日食帯は、西は西蔵(チベット)南部から東は上海までとおよそ250キロメートルにわたることも伝えている。
その他、中国天文学会と国家天文台は共同で、皆既日食中心食帯上にかかっている8ヶ所の都市を「2009年皆既日食指定観測点」とすると発表。この8都市は、銅陵、桐城、[黒へんに多]県(yi1 xian4)、嘉興、蘇州、高淳、常州、無錫。
無錫も観測ベスト地点だそうです、晴れてくれれば良いんですが。

無錫と言えば、無錫空港の税関職員は戦々恐々。
無錫空港の国際便は台湾・香港、関西空港の間のみ。新型インフルエンザの発生が多い関西空港からは週3便が往復しており、持込み荷物の検査を行なう関税職員は戦々恐々だそう。

2009年5月19日、中国の温家宝(ウェン・ジアバオ)首相は国務院常務会議を主宰し、自動車およびテレビなど家電製品5種類を買い替えた人に補助金を支給する新たな消費刺激策を決定した。
家電については20億元(約280億円)が充てられる。対象はテレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、パソコンの5種類で、古い家電を廃棄して新たに買い替えた場合、購入金額の10%を補助する。

重慶「性公園」を撤去
20090520015月16日重慶洋人街にある「性公園」が撤去された。張りぼての裸体、壁画、各国の性習慣紹介、性文化紹介などで5月1日開業以来毎日1000人の入場者を集めていた「性公園」だが、市民の品位を疑われるとの市民のクレーム圧力で撤去となった。中国人もマメに色々とやってくれます。

2009年5月11日 (月)

シール

5月11日 最高気温34度(最低気温20度)晴れ

昨日5/10の午後3時15分、無錫市内の最高気温は35.1℃まで上がり、5月10日の最高気温としては観測史上最高を記録した。例年では35℃を超えるのは5月下旬のため、かなり暑い1日となった。
ここ50年余りの無錫気象データによると、観測史上最も高かったのは1981年5月10日の34.6度。
だそうで、やはり昨日は暑かった訳だ。

2009051101 今日健康診断結果を取りにユナイテッドファミリー医療保険センター(和睦家医院)へ行って来、「健康検査証明書(中華人民共和国出入境検験検疫)」をもらってきた。
判定項目は、皮膚、頭部・首、胸部・肺、腹部、背骨・四肢、心電図、腹部エコー、胸部X線、エイズ、梅毒、乙型肝炎、丙型肝炎、尿検査などの検査結果が書かれており、何れも正常・陰性であったが、当日指摘されたポリープは胆のうに有ると書かれていた。写真の証明書が渡されただけで終わり、問題点に対するご指導は何も無かった。
ま、取り合えず一安心である。

2009051102 バスの中に表示してあるマナーシール、見れば解るが「犬の持ち込み禁止」「禁煙」「社内を綺麗に」だが「席を譲り合いましょう」のマークはどう見ても「スキーリフトあり」にしか見えない。

2009050601 時々見かける車のリアウィンドウに貼ってあるシール、東風、中華、ワーゲン、ビュイックが日本車ロゴを足蹴にしたりしている図、日本車の販売台数の伸びに対するヒガミだろうが、何処の国でも出る杭は打たれるか。

2009年5月10日 (日)

新区散策

5月10日 最高気温34度(最低気温16度)晴れ

この時期だから猛暑と言って良いと思うのだけれど、猛暑の中 無錫「新区」へ出かけた。
106番のバスで金海里へそこで乗り換え新光路へ。
2009051001 2009051002 新区は経済開発区で日本企業はじめ企業の工場が多いところ、長江路沿いは綺麗に整備されマンション・商店が多い。
夜の飲み屋街である「假日広場」も昼間は日本・韓国料理屋と洋服店の営業が主体で、この中のDVD屋で「南京!南京!」のDVDを7元で購入する。
近くのソフトウェアパークを覗く、「みずほ銀行」と「三菱東京銀行」が入っているが9F、10Fに店舗を置いているところを見るとATMなどは多分置いていないんだろう。
2009051004 2009051003 無錫のソフトウェアパークは開発区毎に置かれてあり、各ソフトウェアパークは大連などに比べると一箇所集中していないこともあり大変に小規模である。ここもビルが3棟ほどの小規模なもので1階にスタバが入っていた。あまりの暑さにスタバに飛び込みアイスコーヒーで涼を取った、ほんとに無茶苦茶な暑さである。

部屋に戻り「南京!南京!」を見る。
2009051006 南京大虐殺をモノクロで映画化したもので、角川と言う一人の日本兵の視点で南京の大惨事を有る意味淡々と映像で創った作品である。
勿論中国人監督・陸川の作品であるから当時中国の実質的首都であった南京の人々の被害を、集団処刑、生き埋め、婦女暴行、生きたまま焼き殺すなどの残酷な映像で創り上げている。
この映画を中国人だけの視点で創ってしまうと、日本鬼子を訴えるだけで終わってしまう映画になってしまうので日本人将校の視点で少し心の葛藤・行動に救いを求める形で創ったんだろうと思われる。
映画の内容が100%史実かどうかは不明だが、規模の大小は別にして同様な惨事は発生していたんだろう。
侵略戦争という行為そのものが狂気の沙汰であり正当化できる所は微塵も無いはずである。

ただしこの映画を見て戦争の悲惨さを中日両国民が認識し、日本は過去を反省し両国は未来へ向かい仲良く手を取り合い進もうと言う気になる映画とは思えない。
日本人はやっぱり鬼だ、学校で教えられたことは間違っていなかった、いつか仕返しをしてやると考える中国人が大半だろうと思う、もしも私が中国人だったらそう思う。
この映画はいずれTVで放送されることになるが、その後のほうが怖い。
中国のおにーちゃん、おねーちゃんこの映画は故事です、仲良くしましょうね。

2009年5月 9日 (土)

休日

5月9日 最高気温33度(最低気温16度)晴れ

毎日気温が1度づつ上がっている、明日の予報は最高気温が34度だとか、日本の夏の陽気である。
これ程高温の地方だとは予想だにしなかった。

ここのところ休日は出歩いてばかりいたので、今日土曜日は身の回りの作業を
先ず朝食を久しぶりに作る、作ると言ってもベーコンを炒め卵を絡めたベーコンエッグと牛乳とパンで簡単に。
次に洗濯、掃除、狭い部屋なので掃除はすぐ終わる。
洗濯物のYシャツ類は簡単にアイロン掛けし干す、これをしないとノーアイロンじゃないのでシワシワになって着る時に困る。
先日見物に行ったマンションの営業マンから「マンションどうするの?」と電話が来たが「買わない」と断る。
この話の経緯は後日にも。
これで午前中は終了、昼食を取りに1階にある食堂へ、台湾風味肉仔面8元で軽く済ます。

時間はあるし1ヶ月床屋へ行って無いので床屋へ行くことにする。
アパートの1階に有る健全な床屋さんへ、結構綺麗な店で始めてゆく店。
「ニーハオ、散髪して」「どうぞこちらへ」で散髪台へ座る。
「洗髪しますか?」洗髪担当の若いおにーちゃんが先ず洗髪してくれる、「何国人?」「日本人だよ」「コンニチハ」「お~日本語知ってるの?」「少しだけ」・・・という何時ものパターンで軽くジャブを交わす。
「マッサージ(日本語で)します?」これで+10元だが愛想の良い子なのでチップ代わりに按摩をしてもらう。
その間、中国は何年居るの?日本の何処?何歳?なんて在り来たりな会話で探りを入れ、次回の指名確保運動をしてくる。
「あいしてる、は、我愛ニーの事?」「おー良く知ってるね、そんな日本語覚えて何処で使うんだよ」「少し勉強したんだよ」「そうか、頑張って勉強しろよ」・・・床屋で中国語&日本語会話教室が始まる。
こういう若い人が多い所で受ける日本語は「バカヤロー」である、中国での戦中TV映画で出てくる日本兵はこの「バカヤロー」を必ず使うので中国人の一番知っている日本語は「バカヤロー」である、多分。
「バカヤローしってるか?」「あはは、知ってるよ」これで場が和む、すると他の席の客もなんだかだと我々の会話の中に入って来ようとするが無錫ナマリが入ってる事もあり私は理解できない。
こんなことで散髪も結構疲れるのである。散髪代は按摩代含めて30元(450JPY)。

瀋陽の友人と電話で話す、気温は15度で過ごし易いと言っているが、この時期は良いが冬が寒いからね。
来週上海の金ちゃんが来るので結婚祝いに「恵山泥人形」をプレゼントしたく、人形を買いに錫恵公園近くの泥人形工場へ出かける。
20090509012009050902錫恵公園側には「京杭運河」が走っているので京杭運河を撮影、結構大きな船が行き交っている。
泥人形工場は錫恵公園近くにあるらしいのだが良くわからない、公安に聞いたり路行く人に聞いたりでようやく到着したが、土曜日は休みだそうでやってなかった。しようがないので近くの人形屋で値切り購入する。
帰りにスタバでコーヒーを飲んで帰宅したら19時近くになった。

2009年5月 8日 (金)

就労ビザ-健康診断

5月8日 最高気温31度(最低気温15度)晴れ

今日も暑い無錫、今のところ湿度が低いので日陰を選んで歩き健康診断へ程ちゃん同行で行ってきた。
場所は「無錫ユナイテッドファミリー医療保険センター(和睦家医院)」で、なんと自分のアパートから散歩圏内に有った。
何でもここは1年前に出来たとかで大変に立派な病院である。
このユナイテッドファミリー病院(アメリカ系資本企業)は、北京、上海、広州にあり主に外国人向けの病院施設として私も名前は聞いていたが、こんな無錫にも有ろうとは正直ビックリである。いかに日本人・韓国人始め外国人の数が多いかが解る。

日本人向けの病院としては、北京・長春などに有った「中日友好病院」が有るが、ユナイテッドファミリー病院も日本人利用客は多く大手日本企業は定期健康診断に利用していると聞いている。
Webに依ればUF病院は米国人女性の創業で外国人が中国で安心して赤ちゃんを出産できるようにとの思いから始まったらしく婦人科が充実しているようだが総合病院である。

2009050801 無錫のUF病院は「江蘇国際旅行衛生保健中心無錫分中心」と言う長ったらしい名前の建物中にあり、ここには日本語が出来る看護婦さんが何名か居て日本人患者の応対をしてくれる。
今回私が受けた健康診断でも日本語が少し出来、難しい日本語は突然英語に変わる若い綺麗系の看護婦さんが付いて順々に受診コースを案内してくれた。

健康診断メニューは日本の健康診断とほぼ同じである。
先ず受付で氏名・国籍・病歴など問診票を書きパスポートと先日撮った写真2枚を出す、検診料は362元(5,400JPYほど)と結構高額だ。
採血、採尿、身長・体重、視力、眼検、心電図、腹部エコー検査、胸部レントゲン、問診・触診と言う具合に胃の検査以外は殆ど人間ドックと同じメニューの検査が行なわれるが、客が少ない(殆ど居ない)のでヒョイヒョイと進む。
触診時先生が「肝臓の隣のムニャムニャ(膵臓か?)にムニャムニャがある」とおっしゃる。「解らない」と言うと紙にPolypと書かれた、ポリープが有るとおっしゃってる。触診でそんな事まで解るのかな?じゃ相当に大きいのかな?ヤバイのかな?去年のドックでは言われなかったが、今度帰国時調べてもらおう。
採血針は消毒使いまわしでなく新品を使っており、検査設備も日本製、米国製で高価な物が揃い、病院の内部も中国内の病院とは雲泥の差日本の大手病院並に綺麗である。

外国にいると病気になったときの心配が常にあるが、この様な病院施設が近くにあることは大きな安心材料である、無錫に暮らすのも良いかもしれない、もう少し空気が綺麗なら。
日本の国民健康保険の利用は出来ないが、東京海上の海外保険は使えると聞いた。

診断結果は来週月曜午後4時以降に出るので取りに来るよう言われ病院を後にした。
結果や如何に?

2009年5月 7日 (木)

就労ビザ

5月7日 最高気温31度(最低気温14度)晴れ

特に話題も無いが30度超えになったので書きます。
2009050701就労(Z)ビザを取得しようと手続きを始めた。
「2寸の写真を6枚用意してください」、最近は「一緒に行きましょうか?」と言うやさしい言葉が減ってきた。
多分「余計な仕事を増やして!」と思っているに違いない。
「2寸って何センチ×何センチよ?」「2寸って言えば解ります」冷たく突き放され、以前市内の公園1年間フリーパス用の写真を作るために行った近くの写真屋へ一人向かう。そう言えばあのフリーパス最近使わないな。

「こんちわ、写真撮りたいんだけど、2寸のを6枚」「4枚セットと、8枚セットになるんだけど」と店のおねーさん。
「じゃ、8枚セットの方で」「そこの鏡で髪の毛セットして」言われるがまま鏡の前に放り出してあるプラスティックの櫛で少なくなった髪の毛をとかし、持参したネクタイを締める。
「こっち来て」撮影室へ誘導される、カメラはニコンの結構良さげのデジカメを使っている。
「上半身だけ撮ってよ」下はGパンなので念のため言う「上だけだから大丈夫」と片手にかじり掛けのリンゴを持ったまま2回シャッターを押し撮影は簡単に終了。
「明日できるから、15元です」「あさって取りにくるよ」「OK」、こんな感じで写真を撮り終えた。

昨日公安(警察署)へ程ちゃんに同行してもらい「臨時住宿登記表」なるものを作りに出かけた。
是が無いとビザ申請が出来ない、さすがここは一人では無理である。
門のところで入場記録をとられる「身分証出して!」こっちの警察は高圧的である。「彼は外国人だからパスポートでいいの?」「あんたの身分証でいい」「何で私の身分証なんか要るのよ!(ここは日本語)」程ちゃん虫の居所が悪いらしい。
2階の212号室へ行く、木の机2台にPCが2台だけの殺風景な部屋である、二人のうち一人の公安さんはゲームに夢中だ。
パスポート、アパートの契約書を出して、出された「臨時住宿登記表」を書き込む、何箇所か間違えたが×点で消せば良いと言われた、いい加減である。
公安のにいさんDB登録のPC入力で手こずっている様子、程ちゃん「私がやります」とキーボードを奪い取り打ち始める、こんな所もオープンで中国らしいな~
次は健康診断に行く予定。

2009年5月 3日 (日)

ゴルフ練習所

5月3日 最高気温23度(最低気温15度)晴れ

忌野清志郎さんが5月2日亡くなった。
同年の彼の生き様・頑張りを見て来「まだまだ自分もやれるよ、やらなくちゃ」と励みにして来たんだけれども、彼が居なくなり道路標識の一部が無くなってしまった気がした今回の訃報である。心よりご冥福を祈ります、有難うございました。

2日の土曜日、小雨の中ゴルフ練習場で一汗流してきた。
20090503012009050302久しぶりの練習で力が入りすぎ、空振りは無かったけれどダフリ、トップの連続で恥ずかしかった、他の中国人客も似たようなものだったので冷や汗はかかずに済んだ。

ゴルフ練習所はアパートからタクシーで15分くらいの新区にある「無錫遠方ゴルフクラブ」、棒球(野球)運動訓練基地の一角にあった。2面ある野球場の1面を使用してネットで囲いゴルフ練習所に使用していた。
(来る途中別の練習場も発見、そちらの方が新らしそうで良さそうに見えた、次回はそちらへ行ってみるか)

タクシーで着くと係員のおばちゃんが持参したバッグを奪い取るように抱え、打席の椅子まで運んでくれバッグを開けクラブを取り出してくれる、お湯を紙コップに入れてサービスしてくれる、サービスは良し良し。「初めてなんだけど、値段は?」「1箱20元です。」、1箱30球入って20元、まあこんな価格でしょう。
マンション群の中にある150ヤードの打ちっ放しで1階席のみのバッティングセンターのような外観。
パターの練習場は無し、打席横に球の入った箱が山積みされており打ち終わった箱を数えて料金清算するシンプルなシステム。
途中、3打席ほど横で打っていたおねーちゃんが、打席をはずし素振り演習中に休憩席のガラステーブルを粉々に打ち砕いた以外は目立ったトラブルはなし。
あとはひたすら打ち続け4箱で終了。80元を払い退散した。
2009050303_2家まで無料で送ってくれると言う(言っていたと思う)のを断り、近くのスターバックスでコーヒーを飲み帰路に着いた。

2009年5月 2日 (土)

鼻煙壺

5月2日 最高気温22度 (最低気温15度)曇りのち雨

先ほど近くにある汽車切符売り場(火車售票処)で明日の蘇州行き切符を買いに行ったがやはり午前中のは全て売り切れ、バスで移動するしかなさそうだ。
今日は何をするかな、雨模様だしゴルフ練習場へでも行って暇つぶしになるかな。

趣味で集めている「鼻煙壺(BiYanFu)」です。
鼻煙壺とは(引用)-- 香料などを調合した粉末タバコを鼻孔にすりつけたり吸い込んだり──香りと刺激を楽しむ嗅ぎタバコ。16世紀半ば頃までにアメリカからヨーロッパへ伝わり、17世紀中頃には中国清王朝でも大流行した。嗅ぎタバコ入れは欧州では箱形が主だったが、やがて中国で密閉式の壺形容器が考案される。これが「鼻煙壺」だ。その多くは手のひらサイズで、磁器やガラスをはじめ、玉、瑪瑙、水晶、象牙、貴金属など多彩な素材と、贅を凝らした精緻な装飾が魅力。--

7cm-8cmで手のひらサイズの小さな芸術品、最初に出会ったのは北京の骨董露天市。
小さな瓶に彫り物・装飾が美しく何物なんだろうと手にしたのが最初でした。
ネットで調べると上記のようなことで「嗅ぎタバコ入れ」と解り、それ以来骨董品好きの友人と休みの日には骨董市を覗き気に入った物を買い求めたものです。
私の購入するのは10元から高くても100元以内の安物ばかりで、大した価値は無いですが棚に飾り楽しんでいます。
ガラス瓶の内側から絵・文字を描いた鼻煙壺が有名ですが、その類は興味が無く、色ガラスを重ね図柄を彫り出すキリコのような手法のものとか、石に絵を彫ったもの、牛骨に彫ったものとかが好きです。
象牙とか玉のものも有りますが高価で手が出せないですし、真贋の見極めが出来ないです。
中国国内では何処でも売っており、ここ無錫でも南禅寺の骨董品店で売っていますが、最近は値段が高くなかなか手を出せません。

20090426012009042603_22009042605_22009042608200904260920090426112009042615200904261720090426202009042613

2009年5月 1日 (金)

連休の予定

5月1日 最高気温27度 (最低気温16度)晴れ

中国は今日、労働節で休日、土日含めて3連休だが残念ながら私は仕事をしている。
風薫る5月の始まり、しかしここ無錫は連日の25度超の夏日が続いており日本の5月とはいささか趣を異にしている。
日本の祝日に合わせ明日から5連休に入るが何処へ遊びに行くか未だ決めていない。

1・2・3日の新幹線は既に満席で、4日以降に何処か近場へ出かけようと考えているが上海などの大都会は避けたい。
この付近には水郷地帯の観光地が多く蘇州、周荘などで運河風情を味わえるが、なるべく観光地化されていないひなびた水郷の田舎町へ行きたいね。
20009050101ウェブを検索すると「同里」「用直」が良いらしい、同里へは無錫からは長距離バスが運行されているが1日1便でしかも午後3時発、日帰りは無理、早い時間の汽車で蘇州へ移動し、蘇州からバスで行くしか無さそう。

1日は、無錫では未だ行っていないゴルフ練習場へ行ってみよう。近場では新区に有るらしい。
ウェブ上では「無錫新区の棒球運動訓練基地の敷地内にある、ゴルフ練習場。敷地面積は18000平米、30の打席がある。照明設備も完備しているので、仕事帰りでも..」とある。棒球(野球)運動訓練基地と名称がいかついが、はたして辿り着けるか?先ずは挑戦。大湖のちかくにも有るようだが遠いな。
他には長江(揚子江)が見たいので、ここから一番近い長江畔の「江陰市」へでもバスで行くかな。

2009050102街は労働節を祝う花火で賑やかになっている。

2009年4月29日 (水)

無錫名物

4月29日 最高気温26度 (最低気温13度)晴れ

暑い、既に夏のような無錫、今の処湿度は低く蒸し暑さはないが、真夏になったら何度になるんだろうか。
無錫名物をご紹介。

無錫土産の3品(泥人形、醤排骨、油面筋)
2009042901「恵山泥人形」は、約400年の歴史を持つ民芸品だそうで、恵山の良質な粘土を使って作り、焼かずに陰干しで乾かし、手作業で絵付けされるんだそうです。
伝統的なまるまるとした童「阿福、阿喜」が代表的で、子供が健やかに育つように作られた人形だそうです。

写真の恵山泥人形は、先日錫恵公園へ行った際土産物店で購入したもの、高さ8cmくらいの小さな人形で10元だった。
値段の高いものは人形の底に作者名が入っており、作者の著名度で値段が変わるようだ。
「今戸の狐」という落語の演目がある。新入りの通い落語家が落語では食べられないので、師匠に内緒で狐の泥人形に絵付けをするアルバイトをしている処に、賭場と勘違いをしたやくざが絡むと言う話だが、多分この泥人形も家庭の内職で絵付けされているんだろうと推測する。

「醤排骨」はスペアリブの醤油煮で、甘辛い肉がギュッと締まって美味しい。真空パックでお土産に売られてはいるが、レストランで食べるのが美味しい。
「油面筋」は、丸い麩(フ)を揚げたもので中が空洞になっている。スープなどの具に用いられ、日本の麩(フ)をモチモチさせた食感、別段味が有る訳じゃない。

太湖名産の「三白」

太湖は江蘇省と浙江省に面しているわけだから無錫だけの名物と言う訳ではないのだろうけれど、太湖名産は「三個白」と言われ「銀魚、白魚、白蝦」を指し、どれも白い色をしている所から三個白です。
どれも食べましたが、銀魚は普通の魚で銀色(白っぽい)の鱗、白魚は大きめのシラス、白蝦は白っぽい川エビです。島根県の宍道湖の七珍と同じような位置付けでしょう。

ま、どこでも名物と言われるものは有る訳で、特段に珍しいわけでは無いが、無錫を含む江南地方の料理は塩味がベースで日本の味付けに近く、美味しく食べられる。
広大な太湖と美味しい料理を味わいに是非一度おいでください。

2009年4月28日 (火)

声を出す

4月28日 最高気温25度 (最低気温11度)晴れ

大阪の女児虐待殺人事件の報道を読んでいると悲しくなります。
学校の保健室に繰り返し行ったようで、言葉には出せないが助けを求めていたんだろうと思うし、応えなかった先生を含めた大人たちはなぜ子供を助けられなかったのか、大人達は何故声を出さなかったのか動かなかったのか残念でならない。

Img_3365今朝、出勤時バスを20分待ったが来ない、仕方なく三輪簡易タクシー?を停め乗車し会社へ向かった。
乗る前に目的地までの価格交渉をしなけりゃならない。
面倒くさいが言い値を鵜呑みにしていては馬鹿を見るので交渉せざるを得ない。
常に自分から声を出さないと相手の言い成りになってしまうし、適正価格とは双方が折り合ったところが適正価格であり、多分このやり方は何千年も変わっていないのだろうと思う。
中国人は商売上手と言われるが、日常生活で常に価格交渉を強いられている訳だから自然に商売上手になってゆくのかもしれない。

声を出すこと、主張することは恥ずかしいことでは無く、自分を主張することは生きて行く上で欠くべからざる事で当然の事なのである。
議論することは双方が解りあうことで不可欠なセレモニーであり、何も言わない者は信用されないのであり、阿吽の呼吸とは誤解を生むだけである。

中国人はレストランで食事の後清算時、レシートに計上されている料理を必ずチェックする。
食べてもいない料理が計上されているかもしれない、疲れるけれども全てが自己責任であることが徹底されている。
声を出さないと自己主張しないとこの国では馬鹿を見る事になる。
なんとなく纏まらない話だが大阪の事件を読んでこんな事を思った。

2009年4月27日 (月)

買い物

4月27日 最高気温22度 (最低気温9度)晴れ

日中は半袖で過ごせるこの頃の無錫、瀋陽からの情報では雨ばかりで冬へ逆戻りの気温らしい。

土曜日、街へ夏物の衣類を探しに出かけた。
デパートの衣類価格は非常に高いので、「外貿」と書かれている衣料品屋を覗く事が多い。
外貿とは対外貿易の意で、中国で生産され海外へ輸出されている衣類の横流し商品を販売している店が多い。
横流し品の多くは、ミシン目がずれているとか縫製が悪いとかで不合格になった商品が多いが、着る分にはさして問題はないし、輸出品はデザインが中国風のキンキラ・コテコテでなく、違和感なく着られる。
襟のブランドタグは切断したり、切り外したりしてあるが、価格は安い。
日本向けの夏用ブレザー180元と、POLOの半袖パジャマ上下を130元で購入した。
ラコステのスポーツウェアも買えと女主人が頻りに進めたが断った。

昨日の日曜は掃除・洗濯・買い出しで過ごす。
昼ご飯を兼ねてE・MARTへ、道すがら裏床屋のおねーちゃんの手招きに笑顔で答える。
E・MARTの一階にある味千ラーメンで北海道味噌ラーメン28元の昼食を。
正直なところ美味しくはない、みそ味にコクがなく薄っぺらい味である、恐らくダシが足りないんだろう。
ラーメンを食べていると席の回りの通路をガキ共が騒ぎ走り回っているが親は注意するでなし、子供らしいと言えばそうだが他人の迷惑も考えた方が良い。

他人の迷惑と言えば、住まいするアパートでは、中央の廊下を挟んで左右に部屋が配置されている。
各部屋の住人の皆さん、部屋を掃いたゴミをドアを開けほうきで廊下へ掃き出していらっしゃる。
全員かどうかは不明だがこれまで何度か目にした。
確かに掃除のおばちゃんが毎日掃除するから直ぐに綺麗にはなるが、共通・公共の場所を汚さないと言う発想は欠けているようだ。

買い物は一週間の朝食食材が主で、パン、卵、ベーコン、マーガリン、豆腐、紹興酒を購入。
卵が高い。8個パックが9.8元、1個18日本円もする。パンも日本の価格と大差ないし、マーガリンとかチーズ等の乳製品は輸入品が多く高い。安いのは豆腐、国内酒くらいなもの、一般衣類においては日本の方が断然に安い。
中国の消費者物価は確実に上昇しており、生活しづらくなっている。

2009年4月24日 (金)

中国との付き合い

4月24日 最高気温18度 (最低気温15度)小雨

「おくりびと」のDVDを見た、期待に反せず良い映画だった。
DVDの中身は違法コピーDVDに良くある映画館で盗み撮りした画像ではなくオリジナルからのコピーのようである。
盗み撮りDVDでは画面の前を人影が動いたり、回りの声が入ったり、画面が暗かったりするが、そんなこともなく綺麗な画像、未だレンタルDVD化はされていないと思うがオリジナルをどこから入手したんだろうか?

SMAPの草なぎ君が公園で裸で騒いで捕まった様ですが、そんな大騒ぎするようなことですかね?
酒飲んで裸で騒ぐくらいで、家宅捜査までやりますかね?笑って済ませば良いような事でしょうに、ゲーノー人だって羽目外したいときくらいあるでしょう。世の中聖人君子ばかりじゃないから面白いんで。
鳩山大臣のコメントが「最低の人間」だとか、「人間らしい人間」の誤りでしょ。

20090424中国政府が、「IT製品情報強制開示、中国が5月公表へ」らしい、笑って済ませられない話です。
--------
(引用)中国政府が同国で生産・販売するデジタル家電などIT(情報技術)製品の技術情報を、メーカーに強制開示させる制度を5月に公表する方針を日本側に伝えてきたことを明らかにした。日米欧は企業の知的財産が自国外に流出する危険性が高いとして、制度導入の撤回を求めていた。

非接触ICカードやデジタル複写機、金融機関向けの現金自動預け払い機(ATM)システムなど、日本企業が得意な製品も幅広く開示対象になる可能性がある。

 中国側は、ソフトの欠陥を狙ったコンピューターウイルスの侵入防止などを制度導入の目的に挙げる。しかし、ソースコードが解ればICカードやATMなどの暗号情報を解読するきっかけとなる。企業の損失につながるだけでなく、国家機密の漏洩(ろうえい)につながる可能性もあるため日米欧の政府が強く反発していた。
-------

違法コピーが当たり前に行なわれているこの国が、如何なる理由付けをしようと他国の知的財産を狙っていることは明らかな訳で、とても承諾できる要求ではないだろう。
この制度が実施されれば外国企業は中国国内でのソフトウェア販売のみならず電子機器、家電、自動車の販売も含めて大打撃だろう、中国は鎖国政策を敷き王朝時代へ戻ろうとしているのだろうか。

先日新築マンションの販売所を訪ねモデル・ルーム見に行ったときの事、マンションのロビーで掃除のおばちゃん二人とすれ違った。
その内の一人が私に「何国人だい?」と尋ね「日本人だよ」と言うと「日本人には、見せないヨ!」と興奮気味に捨て台詞を吐いて去って行った。

彼女に見せる見せないにおいて何の権限もないのだから、ゆっくりモデルルームを見せて貰ったし、こんな事には慣れてはいるが良い気はしない。
ここ無錫は南京に近い所でもあり戦中おばちゃんの両親が日本帝国軍に虐められたのかも知れないし、この不況で日本企業に勤めていたおばちゃんの子供さんが職を失ったのかも知れない。

旧日本軍による南京大虐殺を題材にした映画「南京!南京!」が二十二日、南京大虐殺記念館のある江蘇省南京市をはじめ、中国各地の映画館で一般公開された、中国在住日本人への風当たりが強くなるだろう、歯医者は大丈夫かな。

60代に見えるおばちゃんと日本人との間に過去何が有ったのかは解らないが、外国と付き合うのには過去も現在も背負って付き合わなければならない。

2009年4月22日 (水)

新築マンション事情

4月22日 最高気温25度 (最低気温18度)晴れ(多雲)

先週から毎週水曜日定時後、社員向けに日本語教室を始めた。
日本語ドキュメントを教材にして、解り難いであろう単語を中心にその意味を説明するのを主体に進めている。
以上・以下・以降・以前は基準値を含むのか含まないのか、税率と書いてあれば現在は5%を意味する。
ドキュメントは規定事実は一々説明していない。先日付とは、四捨五入とは、カタカナが難しい、英語とは別の言語だ。説明するにも下調べに時間がかかる、日本語は難しい。

1時間強の教室を終えると20時近くになるが、会社は開発区の工場地帯にあり近くのバス停のバスは既に終了してしまっている田舎にある。各工場は自前の送迎バスを用意している。
タクシーを捕まえたいがなかなか来ない、バス停を2駅歩くとバスがあるが田舎のバス停1駅は距離が長い、この時期はまだ良いが、真冬は堪らないだろう。
3年後に新幹線が走ろうが、大規模ソフトウェアパークが出来ようと、とにかく今は田舎である。
ミゼットの様な三輪車を止め、値段交渉をして帰路につく。
こんな地の果てのような所で「なにやってんだろう?」と自問せざるを得ない。

314_5539038s_4

先日歯医者の帰りに新築マンションの販売所を冷やかしてきた。
1軒目は緑地率が全敷地の80%あり30階建ての棟が14棟、運河沿いで出来上がれば公園の中のマンションの様で地下鉄も近くに出来るという、日本ではとても考えられない贅沢な土地の使い方である。
内装費込みで7,300元/平米、100平米で73万元(約1000万円強)抽選販売らしい。
2軒目は内装なしで6,800元/平米、140平米が最低の広さで95万元(約1400万円強)3LDKでバスルームが2箇所、広いベランダが付いている。敷地の緑地率は70%、緑地内には川が流れプールもある。
1フロアに2部屋のみ、各棟にはエレベータが2台ありフロア計算では一部屋に1台のエレベータである。
で、田舎かといえばそうでなく、無錫の中心から車で10分ほどの所。
今の中国人小金持ちはこんなところに住んでいるのである、こっちはミゼットに乗ってるというのに。

無錫は高速鉄道(北京上海新幹線)が出来れば上海まで25分の距離、自分にお金があれば迷わず購入するのだが・・・今、無錫には投資目的の金が集まっている。
※中国のマンション実効面積は表示値の70-75%程であり、共用部も含み表示している。ベランダ部分は室内面積の50%の面積として計算しているところが多い。


2009年4月19日 (日)

蠡園

4月18日 最高気温24度 (最低気温11度)晴れ

商業大厦から蠡園(ユーエン)行きのバスに乗り向かう、ここも年間フリーパスの対象公園のひとつ。
2009041801 花が美しい蠡園である。
蠡園は(引用)太湖に続く「五里湖」にある庭園で、江南地方の名園のひとつに数えられ、1927年実業家が造営した蠡園と、同じ年に建設された漁庄を建国後回廊(289m)でつなぎあわせて蠡園と呼んでいる。五里湖は、春秋時代末期、越国の功臣「范蠡」が絶世の美女「西施」と隠楼、船を浮かべたことから蠡湖とも呼ばれる。庭園の面積は約6万平方メートル、千歩長廊、春秋閣、八角亭、湖心亭、凝春塔などがある。
中国の四大美人は、西施・楊貴妃・王昭君・貂嬋の4人といわれる。
「西施」は春秋時代の末期、南方では呉と越とが覇権を競っていた。呉に破れた越王は呉王に美女を献上することで骨抜きにしようとし、呉王は西施の美貌に溺れて呉の国は衰退、やがて国力を回復した越によって滅ぼされてしまった。

2009041802 2009041803 2009041804 2009041805 蠡園の門を入ると五里湖が広がり幾つもの太鼓橋が蠡園を周回できる歩道と繋がり、公園を巡ることが出来る。
歩道に沿って歩くと太湖石で組み上げられた築山、楼閣、亭、池を巡ることが出来るようになっている。池には睡蓮の葉が浮き周りに柳が植えられており、6月ごろには美しい庭園になるのだろう。

2009041807 2009041808 2009041806 「月老亭」、月老とは中国の縁結びの神らしく、「范蠡」と「西施」が過ごしたこの地に掛けて名付けられたのだろうと程ちゃんの説明。「四方亭」、四方亭の書体が面白く写真に収めた。
公園の一角に西施の名を取った「西施豆腐花」が売っていたので食べる、1個3元。

ここ蠡園の建造物・庭園は美しくは有るが、史実に基き無理やりに作った感がいがめず、錫恵公園に比べると品が落ちる。

2009年4月16日 (木)

平穏な日々

4月16日 最高気温28度 (最低気温14度)晴れ

2009041601 前日夕食に「小龍蝦」、これはザリガニを辛く煮た料理で上海はじめ江南地方では良く料理店で出るしろもの。最近では華北・東北地区でもメニューに出すレストランが増えている。
いささか躊躇するが、食べるところは胴の部分だけで大量に出て来はするが食べる身は少ない。

16日程ちゃんに同行してもらい歯医者へ。
私の担当医は地方訛りがひどく何を言ってるのやら私には皆目理解できないので通訳の同行が必須である。
2009041602 治療室に入ると前の客が担当医と何やら話し込んでいる。
「あの女性客どうしたの?」と程ちゃんに「彼女は左半分顔面がマヒしたらしいです」、冗談じゃない「この病院で治療したの?」「この病院は始めて来たらしいです」、「良かった」今日は仮歯を入れて貰らった。

17日飲み屋を探索に新区「新地假日広場」へ、スナックは除き大き目のクラブを殆んど回り部屋を見せてもらった。
飲み屋、レストラン、ホテルは「今度客連れてくるから部屋見せてよ」と言えば何処も見せてくれる。
2009041701 9店舗回ったがこのエリア店のシステムはどこもほぼ似たり寄ったりで、セット料金(席料、水、氷、おつまみ)200元、ボトル(シーバス、ジャックダニエル、バランタイン12)が600元、おねーちゃんのドリンクが1杯30元、指名料は無し、部屋代無料と言うところが多い。セット料金150元、ボトルは初回半額、「うちはシーバスは置きません、偽者ばかりだからね」と言う所もあった。
おねーちゃんの数は一番多い店「響」で80名、他は20名前後というところ。
北京・上海に比べ価格は安目、瀋陽と比べ大差ないが部屋代・指名料を取らないのはリーズナブルかもしれない、実際は解りませんが。

2009年4月13日 (月)

南禅寺

4月13日 最高気温22度 (最低気温16度)雨

江南の名刹「南禅寺」
南門運河の水路の曲がり角に位置し、南朝の梁武帝の代(549年)に建立し、初めは護国寺と称したが、唐代の享年間に霊山寺と改名し、北宋の代(1023-1031年)に南禅寺と改められた。
古く“梁渓十大名刹は、一に「恵山」、二に「南禅」と言われ・・・”と紹介文にある歴史有る寺らしい。
無錫の歴史は古く、春秋時代には「呉」の国として栄え名刹も多い。

日曜日、天気も良く南禅寺見学へ出かけた。
南禅寺へはアパートから722番のバスに乗り「商業大厦」で下車、中山路を散歩がてら歩く。
中山路は無錫一の繁華街で南禅寺方向に暫く歩くと「八佰伴」が見えて来、バスの停留所名も八佰伴である。
2009041301 2009041302 かつての日本のスーパー八百半のイメージとはほど遠く、中に入るとビトンも出店する高級デパートである。
静岡県熱海の八百屋として創業し、半世紀の間に世界15ヶ国で400店舗以上を運営する巨大小売・流通チェーンに発展したヤオハンも倒産し今は無いが、海外店舗は譲渡され上海含め立派なデパートとして残っている。
ヤオハン角、交差点の教会がきれいだ。

暫く歩くと南禅寺の建物が交差点の先に見えてくる。
2009041303 2009041304 2009041305 江南の名刹「南禅寺」、割に大きなお寺さんである。
五重ノ塔を中心に仏堂が配置されているが、その一部は荒れたまま放置されている。
入り口には南禅寺と書かれた中華門がある。日本の南禅寺で有れば山門の上で石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな~」と叫ぶところだが、ここの南禅寺は平地にある寺院だから五右衛門の出番はない。
南禅寺門をくぐり、一番大きな仏堂「大雄賓殿」に向かうと、お坊さん達が唱えるお経が聞こえてくる。
大変に賑やかなお経で、鐘が加わるとお経に合わせて踊り出したくなるような雰囲気がある。
「極楽浄土はこんなに愉しい所ですよ」と謡っているような気がしてならなかった。

2009041306 2009041307 日本のお寺さんも同様だが、門前には市が賑わっており、ローソク、線香、花は言うに及ばず食品、金魚、骨董品、洋服、日用雑貨品などあらゆるものが売っており、老若男女で賑わっている。
一角にはメリーゴーランドなどの子供向け遊園設備もあり、浅草の浅草寺界隈を規模を小さくし汚くした感じだ。
各商店は年代物の建物の中に収まっており古い寺町の趣が何とも良い。
骨董品屋の何件かを冷やかし、DVDショップで見たかった「おくりびと」のDVDを10元(150JPY)で購入した。寺町で「おくりびと」とはピタリはまった。

2009年4月11日 (土)

錫恵公園

4月11日 最高気温25度 (最低気温13度)晴れ

2009041101 「つつじ」の花が美しい無錫である。
休日の今日程ちゃんを誘い、市内公園1年間フリーパスの消化を兼ね市の中心部にある「錫恵公園」へ行った。
722番のバスで崇安寺で乗り換え、錫恵公園へ向かう。
乗り換え時に崇安寺を散策、ここは市の中心部のようで多くのデパートなどがある一角に「崇安寺広場」があった。
お寺さん崇安寺を囲んである崇安寺広場は市民の憩いの場所+ショッピングモールになっており、休日のこともあり多くの人出で賑わっていた。
2009041102 2009041103 左の白い建物は「図書館」と書いてあったような気が、程ちゃんの説明を受けたけれど忘れた。中では子供たちの習字の展示会をやっていたのでイベントホールなのかもしれない。
広場内のお茶屋さんで暫し休息、天気も良いのでお茶も注文せず長々と暇つぶし。

バスを乗り換え「錫恵公園」へ。
フリーパスを見せ入園。ここは明代の庭園「奇暢園」、お寺さん「恵山寺」、「天下第二泉」などがある。
2009041104 2009041108 入園後ゴンドラで恵山頂上から無錫市が一望できる。となり写真中央の運河は杭州と北京を繋ぐ「京杭運河」である。総延長2500キロメートルに及ぶ大運河で、途中黄河と揚子江を横断し北京まで続く大運河で完成は610年とのこと、人力でこれだけの大運河を通すのはすごい。
ここから見渡せる市街地は私の住んでいる錫山区とは雲泥の差、崇安区は大変に近代的な町である。
反対側には太湖が見えるはずだが霞んで見えない。ゴンドラ往復料金は25元。
2009041107 2009041106 2009041105 その後大変に美しい庭園「奇暢園」、「恵山寺」、「天下第二泉」、中国著名音楽家「阿炳(アービン)」の墓などを見学、途中お茶屋さんでまた休憩、半日ではとても見切れなく後日また訪れるしかなさそうだ。

2009年4月10日 (金)

歯科

4月10日 最高気温23度 (最低気温11度)晴れ

モヤっているが今日も晴れで暖かい無錫。
今朝TVの天気予報を見ていたら瀋陽の今日の最高気温が27度と報じていた。
平年は10度強だからこの季節では異常な暑さ、昨日も29度あったとか、変な気象である。

今朝出勤時バス停でバスを待っていたら電話が鳴った。洗濯機の水道蛇口を修理に行くので部屋で待っていて欲しいとの事、10時に水道修理屋が来ると言う。昨日大家へクレームを付けたばかりなのに異常に早い対応である感心・感心。
部屋で待っていると10時少し前に修理道具が入った布袋を肩から提げたオヤジさんが一人やって来た。
「こんにちは、修理に来ました」「待ってました、どうぞ入って」「場所は何処?」「この洗濯機」「あー」「水道の元栓は何処?」「知らないナー」二人で部屋の水回りを探したが見あたらず。
「多分廊下かな?」当たり!廊下に水道管の通っているらしきドアある。
「鍵は?」「持ってない」「じゃ、管理室へ行ってきます」オヤジさんは鍵を借りに行った、フットワークの良いオヤジさんである。
暫くしてマンションの警備員を同行して戻って来、小部屋を空け水道管の元栓を閉める。
警備員のオヤジも部屋に入って来、「どうしたの?」「水道が壊れた」二人で水道屋の修理を眺める。
2009040901 ものの5分で修理は完了、開閉テストもOK、水道屋のオヤジさんは新しく取り付けた蛇口と管との接続部から少し水が漏れているのを気にしているが、ま、一応修理完了。「お疲れさん!」で帰っていった。
オヤジさんの気にしていた少しの水漏れが今後大惨事に繋がらなければいいが。

3日前、以前から調子が悪くグラグラしていた歯1本が昼ご飯を食べているときにポロリと抜けた。
ハメマラである。歯槽膿漏で日本へ帰国するたびに歯医者へ通っていたが、滞在期間が短いのと日本の歯医者は時間が掛るのとでなかなか治療が進まず、歯抜けに至った訳である。
歯が無いのは困るので、程ちゃんにお願いし錫山区で一番大きい病院へ連れて行って貰うことにし、昨日「錫山人民医院」と言うところへ行った。

入ると先ず受付らしきところで診療券を作る、1元払う。
この国は先ずお金を払わないと次のステップへ進めない仕組みになっている、お金がなければ何も出来ない。
3階の「歯科」へ行くと治療台が5台ほど並んでおり2台は使用中、手持ちぶさたにしている助手らしきおねーちゃんが手招きし、空いている治療台へ座る、事前の問診票も何もありゃしない。
「歯が抜けちゃった、歯を入れて下さい」「口開けて、あー、抜けたばかりだから直ぐに治療は無理、他の歯も悪いので先ずそちらを治療しましょう」ってことで先生を呼ぶ。
先生曰く「あー、上の奥歯2本を治療し下の歯を抜きましょう」「いえ、歯を入れるだけで・・・」「治した方が良いよ、中国の治療技術は今や日本の技術に負けないよ!使ってる器具も日本製が多いよ」「そうですか・・」って事で、抜けた歯の治療は後回しで他の歯の治療をする事になってしまった。
先ずレントゲンを取りに行く、診療窓口でレントゲン代80元を支払う。
レントゲン写真を見ながら「薬物アレルギーはない?あ、そう」直ぐ治療開始、早い!多分日本なら数週間は掛りそうな治療が1時間ほどで完了。
麻酔注射ハリは使い回しじゃないだろうか?心配だ。
治療中も先生の白衣の中の携帯電話が何回も鳴る、その度に助手に指示し電話を取り出させ掛け主を聞いている。
来客が遠慮無しに入って来、先生は治療をしながら大声で話し・笑って、来客は人の口の中を覗いて行く、大丈夫かいなこの先生・この病院。
治療終了「中国人の患者ならついでに歯も抜いちゃうんだけど、日本人だから何か有ると国際問題になるからなア、アハハ!来週の火曜日に来たときにしよう」と何とも豪快な歯医者である。
2009040902 診療明細書は先生の手書きで電子化はされていない。
治療費は423元、保険が効かないので高い。こんなことで歯医者へ通うことになった。
思わぬ展開になってしまった。

2009年4月 8日 (水)

引越し後のもろもろ

4月8日 最高気温23度 (最低気温10度)晴れ

暖かい無錫である。天気は晴れで上空には太陽も青空も見えているが、遠方を見ると霧が懸かったようにモヤッている。どうもここ無錫の空はスキッと晴れず、いつもモヤが懸かっている。
大気汚染のせいなのか太湖の水の影響なのか解らないがスキッ晴れない。
瀋陽は雨も少なく青空の日が多かったこともあり、ここはすっきりしない天気の日が多い。

2009040801 先ずアパート。先にも書いたが1K、48平米、1200元(16,800JPY)/月のアパートは、写真のように家電・家具類は殆んど揃っており布団・洗面具類さえ持ち込めばすぐに生活が始められる。
大家から引渡しされる時は冷蔵庫・TV・エアコン・給水機など電気製品の電源を入れ動くことを確認しないと契約した後TVが映らないなどのトラブルが発見されると壊したとみなされ自分で修理しなけりゃならない。
今回もすべての家具をチェックし、「だいじょうぶでしょ」と胸を張る大家から物件の引渡しを受けた次第である。
2009040802_2 だが昨日帰宅後、洗濯機を使おうと洗濯機につながる水道の蛇口をヒネッたところ蛇口のレバーがポロリと取れた。「エ!なんじゃこりゃ」、レバーの金属がボロボロと崩れた。
「しまった!洗濯機の蛇口をチェックし忘れた」、後の祭りである。
止む無くペンチを使って蛇口をひねり給水したが修理しなければならない、明日左の写真を不動産屋へ渡して修理依頼をするが費用は自分で負担することになるんだろうなあ。

インターネットを中国電信(CHINA TELECOM)で、ネット使用時間無制限169元/月コースを契約すると、3Gの携帯電話を無料進呈+国内通話600分/月も無料と言う誘いに乗って契約した。
2009040803 ところがこの無料携帯電話がボロくて中国語メールを打つときの中国語変換機能がショボく使い難くい、キーボタンも小さくて使い難くい、中国電信の3G携帯拡販策にまんまとはめられたようだ。

木の椅子に座り長時間パソコンに向かうのが辛く、この数日間椅子に敷く座布団を探し何件ものスーパーを見て回っている、薄く竹で出来たような敷物はあるが綿の入った厚めの座布団が全く見当たらない。座布団って日本文化なんでしょうか?

無錫への異動連絡メールでの返事で「無錫って中国のどこに有るんですか?」と言われることがある。「無錫(むしゃく)です」と返事を書くと、「あ~、むしゃくですか」と解っていただける。無錫とむしゃくが繋がらないようです。古い世代は尾形大作の「無錫旅情」で自然とむしゃくと読めるのですが、これからは読み仮名を付けたほうが良いと思っています。

2009年4月 6日 (月)

太湖の桜

4月6日 最高気温21度 (最低気温10度)晴れ多雲

今日6日は中国の休日、二十四節季の一つ清明節である。
4月4日、程ちゃんの誘いを受け桜見物へ太湖へ出かけた。
生憎の雨模様で肌寒かったが、日中友好を記念して植えられた桜が満開だという。
場所は「げん頭渚公園」、アパート近くのバス乗り場から106番のバスに乗り行けると言うが106番のバスが待てど暮らせど来ない。しびれを切らしてタクシーに乗車、50元ほど掛かったが目的地に到着。
「げん頭渚公園」は入場料と仙島へのフェリー乗車券込みで150元。
程ちゃんが198元で市内の5箇所の有名な公園へ入ることのできる1年間フリーパスが有ると言う、たぶん元は取れると踏んで購入した。
「げん頭渚公園」の名前の由来は、先にある島「仙島」の形が中国の架空の動物「げん(元+亀)」頭が龍で体が亀の動物、中国の皇帝の墓へ行くと墓誌の下におかれている動物の形に由来すると聞いた。

「中日桜花友諠林」と言い、多くの桜が植えられている。
2009040501 2009040502 2009040503 中日友好期間が短くどの桜の木もまだ細いが、満開を過ぎ葉桜が少し目立つ桜は美しく、郷愁をそそるには十分な景色である。日本では桜の木下でドンチャン騒ぎをするところだろうが、ここでは皆さん美しい花を静かに観賞している。
その後フェリーで仙島へ渡り見学、晴れた日なら太湖の大きさを実感できたであろうが生2009040504 2009040506 憎の天気で残念、太湖を後にした。

街へ戻り、五愛路へ、ここは無錫市の繁華街らしくここのコンピュータ専門店「百脳匯」でPCのディスプレイを購入、瀋陽で使っていたものはブラウン管だったので捨ててきた。
その後気になっていた「新区」の「新地暇日広場」で夕食を取るため移動。
ネット情報によればここは、日本人向け料理屋・クラブなどが密集している夜の街らしい。
ここ新区には東芝、ソニー、ムラタなどなど多くの日系企業工場が集まっており日本人も多いところ。
2009040507 案の定、日本料理屋、炉ばた焼き、居酒屋、焼肉屋、クラブが集まっている、中には「パチスロ」店まで有る、北京、瀋陽では考えられない。
その中の日本料理屋「魚河岸」で飲み食べ放題150元で夕食を、店員の情報によればここでも日本人駐在員の帰国が多く、お客がすごく減ったと嘆いていた。

今回無錫に来て作ったカード
2009040401 ①市内公園の1年間フリー入場カード②市バス・タクシーのプリペイドカード③銀行口座カード④会社近くの食堂プリペイドカード

2009年4月 1日 (水)

引っ越し(無錫2)

4月1日 無錫 曇り

新しい無錫の住居は、江蘇省無錫市錫山区にある単身者向け「東方○居単身公萬」18階の15階にある。
2009040102 南向きの48平米1Kの部屋で家賃は月1,300元を値切り1,200元、無錫中心地から外れているためこの価格だろう。
このアパートは瀋陽にいるときネットで探し総務の程ちゃんへ借用依頼をしていた物件。
アパートの周りは住宅地で、コンビニ、大型スーパー、飲食店、喫茶店なども揃っており瀋陽に比べ生活はしやすそう、何よりも気候が暖かいのが良い。
お湯を買いに管理センターへ、瀋陽では部屋に湯沸し器が有りお湯を購入する必要は無かったが、ここではお湯を何トンと言う具合に購入しカードへチャージし、部屋にあるお湯供給装置へ差し込むとお湯が出る仕掛けである。
マンションの守衛に管理センターの場所を聞くが私の下手な中国語ではすんなりとは通じない、押し問答で何とか管理センターの場所を聞き出し管理センターへ、やる気のなさそうなおばちゃんから1トン27元で11トン購入した。これでシャワーに入れる、この部屋はバスタブは無い。

引越し荷物は明日到着する予定だが、引越し荷物の中に水物が入っており2個の荷物が瀋陽空港で止められたと言ってきた。
え?空港?汽車で運ぶんじゃなかったのか?荷物の中には使っていた醤油・油などが入っている、話が食い違っている。ま、こんな事はしょっちゅうだからどんな方法でもいいから送り出してくれるよう依頼し、2日遅れで2個の荷物が届くことになったが追加料金300元ほどが必要となった。

付近を散策、綺麗な街とは言いがたいが道路はよく整備されている、運河が多く走っており橋が多い。
運河の水は汚れており江南風情には程遠い、近くに「易・売得(E・MARTの中文)」と言う大型スーパーが有り、日本製の食材も手に入る。「ヤクルト」、「サントリー・ウーロン茶(無糖)」、洗濯干し丸ハンガーを買ってきた。2009040103 2009040104 洗濯干しの日本文がまたニクイ「バネの部分は二重なメシをしてぃゐのでにくぃ」。

スーパーへの道すがらの商店街で、店の中からおねーチャンが「入りなさいよ」と手招きしている、昼間からである。これは例の床屋である。東北には殆んど無いが南方には多く一般の商店の中で普通に営業している。無錫は楽しい街、なのかもしれない。

2009年3月31日 (火)

引っ越し(無錫1)

3月31日 無錫 曇り

3月30日、無錫へ向けて荷物を搬送、運送業者が来で荷物を最終梱包した後その場で計量を始める。
荷物合計重量は280kg、8元/kgなので2,240元(31,400JPYほど)を支払う。
荷物は無錫へ明後日に到着すると言う、「汽車での運送にしては早く着くな?」とは思ったが、ま、早い分にはイイかと思い送り出した。
最終的に大家と壊れている備品など家財のチェック、未払いの電話などの公共料金の精算を済ませる。
日本で言う「敷金」こちらでは「押金」を1か月分入居時に支払っているので、この押金で清算し残金を受け取り、部屋の鍵を返却し1年ちょっと住んだ部屋を後にした。
この日はホテル泊、夜馴染みの飲み屋へお別れの挨拶

3月31日、11:15発上海航空FM9182で上海浦東空港へ、瀋陽から無錫直行便は無い。
上海航空はスターアライアンスグループに所属しているので全日空のマイレージがチャージできることと、預け荷物が20kgを超えているためゴールドカードを使えば30kgまでOKなこと。
預けた荷物の中にライターが入っているという、梱包した荷物を開き中からライターを2個探し出すのが大変だったが何とか通した。
上海浦東空港に13時頃到着、預けたキャスター付き荷物の車輪が1個壊れて(無い)出てきた、これじゃ移動が大変だ「ヤバイな」。
荷物をキャスターに載せ長距離バス発車ターミナルへ移動、無錫までのチケットを購入100元。
14:20発のバスへの荷物移動は壊れた車輪のバッグをズルズル引きずりながら大汗かいて移動。
何とか荷物をバス下部の荷物室へ押し込め乗車、無錫までは3時間程の予定だが、紅橋空港まで渋滞が発生、無錫到着には3時間半掛かった。

無錫駅には会社総務の「程ちゃん」が迎えに来てくれているが、こちらは無錫が不案内、客引きのタクシーを捕まえ取りあえず荷物を積み込みその後程ちゃんと合流し新しいアパートへ向かう。
新しい大家、不動産会社員と会い借用契約を結ぶ、半年分の部屋代・管理費、押金1ヶ月分、不動産屋の仲介料1か月分の家賃の80%、など1万元ほどを支払う。
中国のアパートは家財道具がほとんど揃っており布団さえ持ち込めば取りあえずの生活はできる。
2009040101 賃貸契約書には、テレビ1台、ベッド1台、冷蔵庫1台など備品の種類・数量も書かれているので確認する必要がある。
ミネラル水が欠かせない、水屋へ電話を入れてもらい運んでもらう、予約金40元、18.5リットル1本が10元。
お湯が無いとシャワーができない、お湯を買わなければならないが今日は諦め明日にする。
インターネットも開通してほしいがこれは後日、程ちゃんへ夕食を驕り引き取ってもらう、ありがとう。移動、契約、なんだかだで疲れた1日。

フォト
2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ