江蘇省

2009年11月 3日 (火)

蘇州大学

11月3日 最高気温20度(最低気温8度)晴れ

天気の良い無錫、日本が休日のため我々も休日、日帰りで蘇州へ出かけた。
今日の目的は「蘇州大学」の見学である。

美しい大学構内と聞いていた事と、先のTV映画「我イ門無処安放的青春」の撮影が行われた場所を見に行くのが目的。
無錫-->蘇州行きのバスに乗り出かけた、今日は蘇州汽車南駅へ、平日の事もあり50分ほどで到着、南駅から市内バスで大学へ向かう。
大学の校門で守衛さんに「中を見たいんだけれど入っても良い?」と聞くと「駄目!」とにべも無い返事、ここを見に来たのだから「はいそうですか」と引き下がるわけには行かない。
一芝居打つ「来年ここの中国語学院へ留学したいので、下見がしたい」と言っているつもりだが旨く通じない。
丁度通りかかった女学生が助け舟を出してくれ、「川を渡った先に学院が有ります」ととても親切で、何とか中に入れた。

(引用)
蘇州大学が創設されたのは西暦1900年(日本の年号ですと明治33年)で、すでに1世紀以上の歴史がある大学です。創立当初の名前は「東呉大学」という名前でしたが、その後「蘇州大学」に変わりました。
留学生の受け入れは1982年から始まり、国際交流に非常に力をいれています。現在は22の学部があり、小さい部署も合わせると生徒が5万人、教師だけでも4000人を超える非常に大きな大学です。
(引用終わり)

2009110301 2009110302 2009110303 2009110304

学生寮の横を通り抜けると古い建物がある本部エリアに出る。
写真の通りの公園の中のような綺麗な校舎群である、TV映画に出てきた芝生の広場もそのままに有った。
しかし、本部エリアはそれほどに広くは無い、橋を渡った東校区が多分広いんだろうが、新しい建物群を見てもしようが無いし行くのを止める。

2009中国大学排行榜100位《2009中国大学評価研究報告》による大学の順位では、北京大学をトップに蘇州は52位らしい。
北京大学を100点満点として蘇州は9.13点である、ものすごい点の開きがある、2位の。清華大学と3位の復旦大学の差も大きい、北京・清華以外はダメ大学のように見える。

1 北京大学 北京 100
2 清華大学 北京 95.06
3 復旦大学 上海 55.83
4 浙江大学 浙江 53.16
5 南京大学 江蘇 43.99
6 上海交通大学 上海 43.47
7 武漢大学 湖北
8 中国人民大学 北京
9 吉林大学 吉林
10 四川大学 四川
11 華中科技大学 湖北
12 中山大学 広東
13 南開大学 天津 
14 北京師範大学 北京

52 蘇州大学 江蘇  9.13

2009110305 2009110306 大学の南門を出たところに有った喫茶店「中国生活」で休憩、店番の子から情報収集。
この界隈の住宅家賃は単身用50平米ほどで1,000元/月から、100平米で2,000元/月からと言う相場らしい。
「老房子(古い住宅)は幾ら?」と聞くと「老房子は止めたほうが良いです、内装も古く設備も不便です」とのこと。
喫茶店の前には運河が流れており、江南の美しい風景である。
こんな静かな環境で1年くらい中国語の勉強をしながらノンビリするのも良いかな、と思ったりする、本気で考えるかなァ。

今日の出費 昼食:肉万2個2元(24JPY)、バス代:42元(588JPY)、喫茶店30元(420JPY)

2009年10月11日 (日)

蘇州の小路

10月11日 最高気温24度(最低気温16度)晴れ

折角の3連休、何処かへ出かけようと思い、近場の蘇州へ行くことにした。
2009101101 2009101102 蘇州は幾度も行っており、いわゆる観光名所では無く綺麗系の裏道を歩いてみることにしwebで調べたところ、忠信橋・望星橋・平江路ルートが良さそうである。
昨夜は遅くまで飲んだので、起きるのが遅く無錫汽車駅に着いたのが11時近くになった。
今回はバスで出かけることにし、11時20分の蘇州行きバス(21元)を購入、1時間弱で蘇州北汽車駅に到着した。
早速蘇州地図を5元で購入、行き先を確認しバイク輪タクに乗車し封門橋で下車、ここから小さな運河沿いにひたすら歩く。
2009101103 2009101104 運河沿いの家並みは蘇州古鎮、白壁と柳と運河の組み合わせが何とも美しい、忠信橋・望星橋路は観光地ではなく普通の小路なのに美しい。はまりますね間違いなく。

後ろポケットに差し込んでおいた地図がいつの間にか無くなっている、抜かれたかな?
2009101106 2009101107 2009101108 小路沿いに有った小さな店へ地図を購入するため入る。おばあちゃんが1人手持ち無沙汰げに店番をしている。
「こんにちは、地図ありますか?」「え?」「ち・ず・有りますか?」「え?」「ち・ず」「あ、地図ですか有りますよ、5元、私は標準語は解らないのよ、エヘヘヘ」「あはは」こんな会話が嬉しくなってしまう。

2009101109 2009101110 2009101111 望星橋路が干将東路にぶつかる左角に「双塔院」が有る、入場券5元を払い入る。
ここ双塔院は(引用)双塔は北宋太平興国七年(982年)に建てられ、高さは約33.7m。8角7層の楼閣式の塔で、二つの塔は形状は同じで、肩を並べるように立っている。(引用終わり)石柱の彫刻が見事です。

2009101112 2009101113 干将東路を渡り、平江路を歩く。ここ平江路は結構観光地化されており運河沿いには観光客向けの店が軒を連ねている。
昼時を随分と過ぎていたがその中の一軒のレストンに入り食事を取った。黄酒、煎餅、小龍包、計32元。運河沿いの2階席でゆっくりする。
2009101115 2009101114 平江路が終わると北街歩行街に出る。歩行街の喫茶店で休む。写真の犬は店の犬で、私が入るとウェルカムの挨拶に来て、挨拶が済むと私の向かい側の椅子に乗り寝始めた、店のオーナーもこの犬のサービス精神を見習ったほうが良いのではないか。
2009101117 お茶をしていると上海の友人から電話が有り、話し終わると、横の席でPCをやっていたお嬢さんが「日本人ですか?」と話しかけてきた。綺麗な日本語なので「日本人ですか?」と聞き返すと現在日本語を勉強中とおっしゃる。
アドビのフォトショップを使って画像のデザインをするのを仕事にしているようで雑談で暇つぶしをさせてもらった。
2009101118 2009101119 喫茶店の向かいに「蘇州博物館」が有り入場料が無料だったので入る。
博物館の中庭に有ったモニュメントが美しい、盆栽もまた良かった。

この街は古建造物の保護、新築建造物の高さ制限等で環境の保護を進めており、見所は至るところにある。
この街は、はまります。

2009年6月21日 (日)

南京

6月21日 最高気温32度(最低気温25度)晴れ

昨日「南京」へ出かけた。
部屋に居ても蒸し暑く、どうせ暑いなら未だ行っていない中国三大かまど(酷暑地方の意味)の一つ南京へ行ってみるかと思い立った。
無錫-南京間は新幹線(動車組)で1時間20分程の距離、早速近くの切符売り場へ出かける。
朝8時台の切符が欲しかったが生憎取れず、9時47分発の列車(65元1等車)で出かけ、16時29分発で戻ることとし滞在時間は4時間強。

新幹線(動車組)は相変わらず揺れも少なく快適だが、少々冷房が効き過ぎ、車内表示によれば外気温35度・車内気温23度と表示されており寒い。
2009062001 2009062006 11時過ぎに「南京駅」に着いた、南京駅の駅前には「玄武湖公園」の湖が広がっており街の高層ビルとの組み合わせが美しい、しかし蒸し暑い。
4時間しかない、駅前で地図を売ってるおばちゃんから南京地図を7元と言うのを5元に値切り購入。
今日の観光ルートの「獅子山公園-長江を渡る-中華門」を目指す。
先ず獅子山公園へ行きたい。ここは明代の城壁が残る公園、「閲江楼」も美しいらしい。
駅前のバスターミナルで獅子山公園行きを探すが見当たらない、近くで客待ちをしている3輪タクシーのおばちゃんに聞いたが「バスは無いよ、私の3輪車に乗りなよ」と話にならない。
2009062002 何とか聞き回りバスに乗車(2元)、獅子山公園に到着。40元の閲江楼入場券を購入し小高い山頂に有る閲江楼に登ったがとにかく暑い!体から汗が噴出す。

あまりの暑さに閲江楼を逃げ出し長江フェリーに乗るためバスで「中山埠頭」へ向かう。
2009062003 中山埠頭から対面の「浦口埠頭」まで長江を横断できるフェリーの乗車券は2元、地元民のバス代わりになっており人、自転車、バイクなどが乗り込み出発、「おー!これが長江か!」汚れた茶色の大河を大型の船が行き交う、水深はかなり有るんだろう。
涼しい川風に吹かれ15分程もすると対岸の浦口埠頭に到着、急いで下船し2元の乗船券を購入し同じフェリーに乗り込み中山埠頭へとんぼ返りした。

次は「中華門」、中山埠頭から地下鉄の「鼓楼」駅へ向かう、地下鉄に乗り換え「中華門」駅で下車。
地下鉄の中華門駅と目的の中華門とは随分と距離が有る、仕方なく前方に見える中華門を目指し炎天下を歩く、またまた汗が噴出す、とにかく暑い!。
2009062007 2009062005 2009062004 中華門は明代に建造された門(南京城郭の南側入り口)で今も完全な形で残る砦門だと観光案内書に有る。
25元の入場券を払い4重に造られた堅牢な門を見たがこれで25元は高い。

中華門を見終わり残り時間が1時間、南京市は江蘇省の省都だけあり大変に大きな近代的な街でプラタナスの樹が多く美しい街だが、道行く車の車種は「トヨタ、ホンダ、ニッサン、マツダ」などの日本車が他都市に比べ少ない、土地柄日本製は敬遠されるのかも知れない、考えすぎかな。
こんな事で炎天下駆け足で回った南京、明稜など回れなかったところも有りも一度来るしかなさそうだ、涼しい季節に。

2009年5月 5日 (火)

鎮江

5月5日 最高気温27度(最低気温13度) 晴れ

2009050514 「あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも」「翹首望東天 神馳奈良邊 三笠山頂上 思又皎月圓」これは百人一首にある阿倍 仲麻呂(698年-770年)の和歌である。
(引用)---奈良時代の遣唐留学生として唐に渡り、唐で科挙に合格し唐朝諸官を歴任して高官に登ったが、帰国の念かなわず中国の地に眠った。753年ここ鎮江と揚子江(長江)を挟んだ向かい揚州から帰国の途に着いたが嵐に逢い帰国の想いが遂げられず詠んだ歌と言われている。---

格調高く始まった今日のブログである。
今日は日帰りで鎮江市への小旅行、程ちゃんは仕事で同行できず一人旅となった。
2009050501 鎮江(zhenJiang)市は無錫市と南京市の間にある市で新幹線(動車)で無錫から40分ちょっとの所にあり、日本とも古い付き合いのある町である。
一人旅はズボラ旅で、朝遅く10:11発のD5412で無錫を出、15:16鎮江発のD5433で帰る現地滞在4時間と言う強行軍、見て回るポイントを「博物館」「西津渡街」「金山公園」「北固山公園」に絞りタクシーで駆け回った。

2009050502 「鎮江博物館」:旧イギリス領事館の建物をそのまま博物館として使用している、インド植民地時代のイギリス様式の建物は珍しい・・・という「地球の歩き方」の紹介に誘われて行ったが、どうって事はなかった。
入場券を買いに券売所へ行くと、窓口に入場券が散乱状態で置いてあり券売所のおばちゃんが編み物をしている。
「すみません、この券もらっていいの?無料なの?」編み物の手を休め「そうよ」と答えるとまた編み物を始めた。
ここは無料らしい、展示物は三国時代の貨幣、磁器、書、画を中心に紀元前の発掘物なども展示している。
でもあの券売所のおばちゃんはあそこで何をしてるんだろう?

2009050503 2009050504 2009050505 「西津渡街」:鎮江博物館の裏山を越えたあたりにある1000年の歴史ある街とのふれこみの500mくらいの小路だが、建物は古い様式でリメイクされており何処にもある唐街風で、もっと古い街並みを期待していたのだが綺麗過ぎで外れ。
連休明けで人がほとんど居らずゆっくり見学できたところは良かった。
鎮江は黒酢の名産地、路地に「酢吧(酢バー)」なる店があったがここでは酢を酒代わりに飲むんだろうか?

2009050506 2009050507 2009050510 「金山公園」:唐代に金が出たことから金山の名が付いたらしい。
50元もする高い入場券を払い入ると金山寺(江天禅寺)がある、水墨画で有名な「雪舟」はここを2度訪れたと言う。
さらに8元を払い塔に登ると「長江」の大河が望めるが、随分と急な階段でここまで登るのに体力を使い果たしたので2階まで登りその上は遠慮した。写真の奥に見えるのが長江の流れである。
金山寺を降り猛暑の中(多分30度は有ったんじゃないか、ここは中国三大釜戸、南京の近くである)コカコーラを飲みながら「天下第一泉」へ向かう。
2009050508 無錫に有るのが「天下第二泉」でここが「天下第一泉」本家である。
確かにブクブクと泡が出ており泉が湧いてはいるが「きったない水」で、これなら富士山麓の湧き水のほうが100万倍も綺麗だ。

2009050511 2009050512 2009050513 「北固山公園」:北固山は三国志ファンなら一度は訪れてみたい場所なんだそうで、劉備玄徳と孫権が曹操を倒す計画を練った場所であり、劉備と孫権が剣で石を切り、どちらが天下を取れるのか占ったという「試剣石」、山頂の「甘露寺」には孫尚香が劉備と見合いをしたという「多景楼」があるなど、三国志ゆかりの場所です。
小高い山ですが甘露寺まで登ると長江の大河が眼前に広がり・・と言いたいところですが遠くに広がりが正解、劉備玄徳と孫権が天下取りに燃えた場所であることが感じられます。多分三国時代には現在の長江の堤防も無く眼下まで揚子江の流れが来ていたんでしょう。
現在の甘露寺からは眼下に運河が前方に長江が見渡せ、暇そうにボーとしている地元のおじいちゃんに「手前の運河は京杭運河ですか?」と聞いたところ、何やら地元の言葉で「昔は長江が溢れるとこのあたり全部川になって・・・」と言うような回答が返って来て会話が成立しないのでお礼を言って早々に退散した。
2009050515 最初の阿倍仲麻呂の碑もここに置かれています。
「妻の腹 振り向き見れば さすがなる 三段山に出でし肉かも」(出部仲間呂 でぶのなかまろ)と言う歌も有るそうです。

2009年5月 4日 (月)

同里

5月4日 最高気温27度(最低気温13度)晴れ

3日、連休の一日を使い「同里(Tong Li」へ程ちゃんと一緒に観光に出かけた。
前日まで汽車の切符が手に入らなかったが、程ちゃんが何とか朝早い時間の空き席を見つけてきてくれ出かける事となった。
2009050401 2009050402 2009050403 7:22無錫発蘇州行き、蘇州までは新幹線(動車)を使えば20分しか掛からない8時前に蘇州駅に着いた。
私は蘇州には3回目、過去の2回は何れも蘇州市内観光だったが今回は蘇州からバスで40分ほどの水郷地「同里」である。
蘇州駅前のバスターミナルから同里行きのバスに乗車、バスの乗車券は8元だが同里の入場券+10箇所の旧跡入場券を含め80元と言うチケットを購入した。
朝早かったこともありバスの中で仮眠をとっていたら瞬く間に現地到着、帰りのバス最終時間19:00を確認し観光開始。

ここ同里は、日本語で書いてある入り口の説明文に依ると「同里は1000年以上の歴史を持つ古い水郷の村であり、村内数々な小橋、縦横に入り混じった河川、川沿いに建てられている古風な民宅、東洋のベニスと言われています。・・・中国十大歴史文化の有名古町、中国十大魅力町、中国十大映画テレビ基地・・・」(原文のまま)少々日本語は変ですが言いたいことは解ります。

「古鎮同里」と書かれた中華門をくぐり、運河に掛かる橋を渡ると1000年古鎮の世界へ
2009050404 2009050405 2009050406 最初に目に入るのが「影視撮製基地」の石碑、何でも中国の有名な映画・TVの舞台になった地だそうで、石碑の周りの地面にはブロードウェイ・チャイニーズシアター張りに映画名の書かれた石版が数多く埋められており、いきなり外されます。

その先の舞台ではここ同里を舞台にした物語歌謡劇が独特の中国旋律に乗り演じられ、古鎮モードをあおっており少し戻ります。
2009050407 2009050408 2009050409 2009050410 古い町並みの明清街には商店、小路があり、運河には観光客向けのゴンドラが行き交い正に東洋のベニスです。
運河沿いにはお茶屋さん、レストランが並び、その青い天幕、赤いちょうちんが汚れた水面にその影を落とし、とても美しい水郷風情を演出しています。

ここの観光目玉は水郷と古い町並みに他なりませんが、明清時代の退思園、耕楽堂、崇本堂などの建築物も見所です。中でも世界文化遺産に登録されている「退思園」の建築物・庭園は見所のようですが、教養の無い私には何処も同じに見えてしまいます。

2009050411 2009050412 2009050413 2009050414 何処かの豪商の門に書かれていた「商賢遺澤」は如何にも商家の門らしいフレーズです。
屋根の甍が綺麗でした、庭に描かれた敷石も美しいです、庭園の門もまた美しいです。
2009050415 「退思園」の庭の門に書かれていた「留人」の文字、「人は留らず、心を留める」この庭を訪れた人を留め置くことは出来ないが、心は永く留まるの意だとか接待の極意かも知れません、ぶっきら棒な中国のレストランのおねーちゃんたちに是非とも読んで頂きたいと強く思う次第です。人の文字が開いており二点を加えると心の文字に見えるのだそう、漢字の故郷中国は文字遊びが上手です。

2009050416 2009050417 丸々と太ったおばちゃんが売るここの名物「状元蹄」(豚足一本を甘辛く長時間煮込んだ料理)で夕食を取り、「留人」の文字の如く、心を残し同里を後にしました。

2009年2月17日 (火)

無錫・上海

2月16日 最高気温-7度 (最低気温-20度)晴れ

14日25度の上海から、13日夜から降った雪が積もるマイナス気温の瀋陽へ戻った。
社用で11日から無錫・上海へ行ってきた。
♪君~ミの知ら~ない 異~国の街で君~ミを想えば 泣ア~けてくる・・♪
尾形大作の歌は知っているが無錫は初めての街、顧客対応だが観光も重要。

無錫は工場進出が進み中国国内の市別GDPでは10位に入るお金持ちの市である。
市内を走ると道路の整備も行き届いており金持ちの市であることがよくわかる、進出日本企業も日立、パナソニック、SONYを始め日本企業1,000社が進出していると言う。
しかし近年工場進出が進みすぎ大気汚染・河川汚染が深刻化しており、詩に詠われ琵琶湖の3倍の広さがあるという太湖の汚染も酷く、夏季には藻が大量発生し飲み水が臭くなるなど環境問題が深刻化している。
そこで無錫市は環境汚染の発生が比較的少ないIT事業者の誘致に躍起になっており、IBM始めソフト事業者の誘致優遇政策を進め各種優遇政策を展開中、弊社もその尻馬に乗り支社を置いた次第。

上海浦東国際空港で顧客と待ち合わせ、車で約2時間強の行程で無錫に着く。
現在残念ながら無錫空港と日本との間に直行便は無いが噂では関空との間に3月頃直行便が開設されるそうな。
無錫の市内には太湖・長江から引かれた運河が市内の各所を巡っており水の豊かな街である。
2009021301 2009021302 2009021303 先ずは何はさておき市内観光、梅林で有名な「梅園」へ、北国瀋陽に比べものすごく暖かい無錫、梅の花もすでに三分咲きである。無錫の緯度は日本の九州鹿児島ほど、暖かい訳である。
瀋陽装束で股引を履いてきたが暑い。
続いて太湖近くのレストランで太湖に沈む夕日を眺め夕食、この時期の太湖の汚れはそれ程でもないが藻が多いのは確かである、この藻が夏季には大量発生するのだろう。
ここの料理は杭州の味付けに似ており薄い塩味で日本人には馴染みやすいが太湖で捕れた魚料理に箸を付けるのは躊躇してしまう。

翌日は会社を見学、錫山区にある会社は中心部から直線距離で9km程離れた田舎、無錫政府はここに大規模ソフトウェアパークの造成を計画している。
北京ー上海新幹線の停車駅もこの付近に計画されており3年後にはホテル、ショッピングセンターを始め大規模なビル群が出現するはずである、中国の発展は急である。

午後は上海へ移動、この町は見慣れた街ではあるが3ヶ月も来ないと町の様子が変わっている。
2009021304 2010年万博を控え汚れた建物が壊され表面上綺麗な街に変わっている。
浦東の万博会場も建造物の建築が進んでおり、これらを見る限り世界同時不況は本当なんだろうかと疑ってしまう。
しかし夜の街で話を聞くと、上海でも多数の日本人駐在者が帰国を始めているらしく日本人向け飲み屋は苦戦中らしい。しかし日本食ブームは衰えず金曜日の夜の日本料理屋はどこも満席、客は金髪・中国人が席を占めている。
日本企業は不景気に過剰反応をしているのではないかとさえ思える。
瀋陽も日本人駐在員を半減させたM電気を始め知り合いの日本人が次々と帰国し始めており寂しい限りである。

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