黒龍江省

2009年1月21日 (水)

冬の哈爾濱(ハルピン)

1月21日 最高気温+2度 (最低気温-10度) 薄曇り

米国新大統領オバマさんの就任祝いムードとは裏腹に昨日のNYダウは大幅に値下がり、ドル安解消ムードもなく本日の日経平均も値下がり、景気回復には時間が掛かりそう。
そんなことで昨日哈爾濱(ハルピン)へ行ってきました。

20日午前2時16分瀋陽発の寝台快速T236軟臥、このT236は広州東駅始発、哈爾濱行きの長距離列車、広州から哈爾濱までは3,647Km約37時間かかる長丁場、広い中国大陸です。
深夜にもかかわらず春節休暇を前に瀋陽駅には多くの客が待合いに、その中に混じり乗車、定刻通り出発、軟座寝台車両は写真のように上下2段の車内です。
200901211 200901212 同室にはすでに2名の先客が就寝中、邪魔をしないよう廊下に出て買い込んだビールとつまみで旅の安全を祈って乾杯していると乗務員が来て身分証明書と切符を出せという、パスポートのコピーを常に持っているのでそれと切符を渡す。
この処置は中国人も同様で乗客の身元をしっかり押さえている、有る意味で安全である。

哈爾濱到着1時間前に乗務員に起こされ切符と身分証明書を返してもらう。
車窓は雪が積もった黒龍江省の風景に変わっている。
同室の2名の乗客は20代の女性客だった、聞いてみると湖南省長沙からふるさとの哈爾濱へ帰ってきたところだという。約30時間の長旅、大きな荷物を抱えて降りていった。
我々も持参してきた「ホカロン」を体のあちこちに貼り付け準備万端で極寒の朝の哈爾濱に降り立った。

200901213 この期間の哈爾濱は氷祭りの季節、早速駅前に氷で出来たモニュメントがデ~ンと鎮座している。
哈爾濱PR紙に寄れば近くを流れる「松花江」の凍った川水を切り出して氷モニュメントを造ると有るが、使われている氷が綺麗すぎるから多分製氷器で造って居るんだろうと推測する。
戸外の氷モニュメントが溶けないことからも哈爾濱の寒さが推測していただけると思う。

早速観光開始、先ずは「中央大街」へ行きたいがタクシーはすべて乗車拒否、距離が近すぎるため。
輪タクを止め乗車、料金交渉し10元で折り合う。
道すがら氷のモニュメントカがあちこちに点在する、氷祭りのムードを盛り上げている。

200901214 200901215 夏に来た「中央大街」とはイメージ一変、哈爾濱はやはり冬が良い。
雪のある北国「小パリ」は趣がある、イイネ~絵になる。
「中央大街」を真っ直ぐ進むと「松花江」に突き当たる、夏には満々の水が流れていたが今は氷に覆われ氷の世界である。
川向こうの「太陽島」へ行く馬車に乗った(20元)、氷結した川を馬車で渡る。
200901217 200901216 200901218 太陽島は夏は避暑地、別荘が多くある場所だが氷祭りの期間は祭り会場となるらしい。
行ってみたが入場料が120元と高額、加えて遠目に見た感じでは大したことなさそうだったので入場せず川を歩いて帰った。とにかく寒い、ホカロンも役に立たない、マックに飛び込みホットコーヒーで暖を取る。
200901219 昼食はロシアレストラン「露西亜」でボルシチ、黒パン、牛ステーキ、アイスクリーム。
ここのアイスクリームは美味しいと聞いていたがハーゲンダーツの方が美味しい。
ボルシチが10元とこの店は味はまあまあで安いし、店の雰囲気は良い、1915年創業とある。

20090121a 20090121b 次は「ソフィスカヤ寺院」へ、ロシア正教の教会である。
道すがら「兆麟公園」にも氷のモニュメントが、町中至る所に氷のモニュメントが有る。
ソフィスカヤ寺院は夏にも来たが雪が掛かる冬の寺院はさらに美しい。

キャビアと哈爾濱ソーセージを土産に購入し15:38発D26新幹線で帰路に着いた。
いや~ホントに寒いかったですが美しい哈爾濱でした。

2008年6月10日 (火)

ハルピン-2

6月7日 ハルピン 最高気温+26度 晴れ

早速観光開始。
今回は3連休が急に決まったので下調べもせず、ガイドブック(地球の歩き方 中国)だけ持参で来た。

20080611 20080612 20080613 20080614 駅前からバスに乗り「中央大街」まで1元、ガイドブックによればここがハルピン1番の見所らしい、1Kmほどの道両側に欧米風の建物が並んでいる。眠気眼でブラブラ写真を撮りながら歩いた。パリへは行ったことはないが、東方の小パリと言うくらいだから本当のパリもさぞかしこのような町並みなんだろうな~。真直ぐ進むとレーニン公園&松花江に突き当たる。

近くのマックでモーニングコーヒーを飲みながら次の観光地を探すと「兆麟公園」とその先のある「ソフィスカヤ教会」が良いらしい。兆麟公園は普通の公園である、瀋陽の街中の公園となんら変わりはない。
道すがら多くのおじさんおばさんがタムロしている、仕事探しで職安に並んでるのかと思ったら、なんでも今日は学校の入学試験日で、受験が終わる子供を待っている父兄たちだった。ここでも教育ママは多いようだ。

20080615 20080616 程なくソフィスカヤ教会に到着、ここはロシア正教会の建物、ロシアらしい建物である。
15元払って中に入ると壁・天井の装飾がいたるところハゲ落ちている、入場料取ってるんだから修理せえや、ホント。
展示物の中の往時の町並みのミニチュアの側で一人の日本人老婦人が同行の中国人通訳へ「昔ここはこうで、ああで」と話されている、年恰好から推察すると80代以上の方だろう、昔この近くに住んでおられたに違いない。
東北を旅するとこのような日本人の方たちに出会うことがある、皆さん子供のころ・青春時代を過ごされた街を懐かしく訪れておられる。この世代の方々も少なくなり、往時の街も大きく変わっている。

その後、ハルピン工程大学の中にある孔子を奉った「文廟」を見た、ここは大宰府天満宮のように受験の神様的なところで、中国至る所にあるので珍しくはなかったが、工程大学の大きさはすごかった。その後骨董品店を覗いたが指して珍しいものはなかった。

地元の安レストランで「ハルピンビール」を飲みながら昼食を食べたら他に行くところが無くなった。(731部隊の展示館は、中国人が同行だったので意識してはずした)
帰りの列車は明日だが、「もう帰ろうか」ってことで意見が一致、ハルピン駅へ向かった。
早速駅前でキップのダフ屋を探す、明日の新幹線のキップと今日のキップを交換するためだ。駅の窓口は混んでいる事とキャンセル料が20%取られるのでダフ屋に頼んだほうが早くて安く上がる。

キップの交換が終わりお土産の「キャビア」を買いにロシア土産店へ、ロシア産大瓶のイクラが60元(900JPY)で買えた、本物なら商売になるね。
と言う事でハルピンは日帰り小旅行となった、結論「ハルピンは極寒の冬に来る所みたい」です。
帰りの新幹線で車内販売の弁当(37元)を食べたが値段だけ高く最悪の不味さ、国営はあきません。

20080617 ※購入してきたキャビアをネットで調べた。
品名はイクラ・ツァールスカヤ(皇帝のイクラ:魚の卵をロシア語でイクラと言い、黒いイクラがキャビア、紅いイクラは鮭イクラのようです)、蓋の表示に「チョウザメや他の魚でできた」と書いてあるらしく、購入してきたものはキャビアのコピー商品のよう、そんなに良い話は転がってないね。

ハルピン-1

6月7日 最高気温+25度 晴れ

6月7日は今年から新設された「端午節」休日、7日が土曜日と重なり9日が振り替え休日となったため3連休となった。
「端午節」は日本の端午の節句と同じく「ちまき」を食べるが、男の子の節句とは違うようで、元来は2300年前の戦国時代の愛国詩人・屈原を記念するためのものらしいが、理屈はどうあれ休日は休日、3連休を利用して「ハルピン」へ出かける事とした。
ここハルピンも是非行ってみたかった街。旅行案内書に寄れば「東方のモスクワ」「東方の小パリ」と書かれており、旅意欲をそそる。
ハルピンは黒龍江省の省都、中国最北の省で隣はロシアであるが瀋陽から新幹線を利用すれば4時間の所、時間的には大連と変わらない。

今回の旅行に当たり、友人にハルピンの知り合いを紹介して欲しいと頼んだが、生憎日本語の出来るハルピン在住人が見つからず止むなくいつもの李君に同行を願ったところ二つ返事で了解を得たので、男二人の小旅行となった。
飛行機は高いので往復汽車を利用することにした。
往路は夜間瀋陽を出発し早朝ハルピンに着く夜行列車、早朝ハルピンの街で地元の朝食を露店で食べるのが楽しみである。復路は新幹線を利用することにした。
復路のキップは直ぐに取れたが往路のキップがなかなか取れない、最終的に硬座の寝台(3段の最下部)しか席が無いらしい。中国の汽車は軟座(1等)と硬座(2等)がある。硬座は利用したことが無く加えて寝台でもあり「大丈夫かな?」の不安は有ったが止む終えない。

瀋陽北駅2:04発-ハルピン駅7:02着のT261 空調快速夜行列車は時刻どおり瀋陽北駅を出発した。中国の列車はピーともプーとも言わず時間が来るとゴトンと動き出す。

三段ベッドが向かい合わせに配置されており、我々は最下段のベッド、予想に反し小綺麗なベッドである。ベッドは硬いがこれなら硬座で十分、我々の最下段の料金は143元、上段のおばちゃんたちのおしゃべりで解ったが最上段が123元、二段目が133元と10元づつ差があることがわかった。
ビールを飲みダベリながら夜の中を列車は進む、乗車してから気になっていたが妙な匂いが車両の中でするが原因がわからない。

20080610 3時間ほどウトウトした所で早朝のハルピン駅に着いた。
この列車はここが終点だから全員降りる、皆さんの手荷物で匂いの原因が判明した、発泡スチロールの箱を皆抱えている。この列車は始発駅が大連、皆さん海産物を買って乗り込んでいるので海産物の匂いが車両の中に充満していたらしい。ハルピンは海が遠いからその気持ちはよくわかる。

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