« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

2009年7月27日 (月)

誕生日

7月27日 最高気温27度(最低気温23度)曇りのち雨

日食の影響とも思えないが、22日以降気温が随分と下がり夜間もエアコン無しで過ごせる無錫です。
本日で5十うん回目の誕生日を迎え、中国暮らしも8年目に突入した。
メールが何件か来る程度で何も変わったこともない誕生日だが、今更誕生日を喜んでる歳でもない。
丸7年も一人暮らしていると汚い町並みにも慣れ、普通に暮らしていれば身に危険を感ずることもなく、日本に比べ諸物価が安く、のんびりした中国の生活はそれなりに捨てた物ではない。

土曜日は1ヶ月振りに理髪店へ行き、かみ合わない店員との会話で一時間、整髪&按摩をやってもらい30元(450JPY)。
市場でバナナとブドウを購入、2.5元/一斤(500g)、20元(300JPY)払ってたっぷりのバナナと葡萄を買った。
午後はサウナへ出かけ、一週間ぶりに湯船につかりサウナで汗を流し、風呂上がりのビールを飲み、冷房が少々効き過ぎの休憩室で2時間仮眠を取り外へ出ると、街は夜景に変わっている。

この間知り合った「ハンカチおじさん」と金曜日夕食を共にした。
このハンカチおじさんは痛風で先週までまともに歩け無かった。
無錫人民医院に痛風治療の権威が居るとかで看て貰った所、処方された薬を飲んだら一発で痛みが無くなり完治したとおっしゃる。
ただし薬の副作用で唇が腫れていたが、そんな事は気にする風もなく痛風完治のお祝いを含めて飲みに出かけた次第。
中国の飲み薬(漢方以外)は良く効くが日本人には少々効き過ぎるきらいがある、日本人には半分くらいの量が適量と思う。

ハンカチおじさんは、プラスチックのプロのようで、現在は廃プラからナフサを作る製造機をここで作っているそう。
定年も過ぎこれまで蓄えた技術を中国の若手技術者に引き継ぐのが最後の仕事と決め実践されているとの事。
日本では資金面、人材面で困難らしい。
無錫政府は欧米・日本の大学院留学中の中国人研究者、大手企業就業中の院卒中国人技術者を無錫にUターンさせ、資金と施設を無償提供し、次世代の技術開発区建設を推進中。
ハンカチおじさんの所の若手社長もその一貫で日本から帰国新規事業を立ち上げおじさんが技術支援している構図のよう。廃プラからナフサを作る工程の話を聞かせて頂いたが、素人の私にはチンプンカンプンですが、中国も色んな形で技術導入と国造りをしているんだと言うことは良くわかりました。日本もうかうかしていられませんゾ。

2009年7月22日 (水)

日全食見えず

7月22日 最高気温30度(最低気温24度)雨

朝から雨の無錫
会社のある建物の天井ガラス1枚が先日落下し粉々に、それ以降落下したガラス板の箇所にベニヤ板を置いて応急処置していたが、今日の雨でボタボタ雨漏りがしている。
雨漏りの水を電気掃除機で吸い取ってる掃除のおばちゃん、雨は止みそうになく幾ら吸い取ってもきりがない。
空の雨を掃除機で全部吸い取るつもりか、雨漏りの箇所へビニール袋でもかぶせた方が良かろうに。

2009072201 9時37分日全食開始、社員は全員仕事をおっぽり出し雨の降る戸外へ。
5分間ほどまっ暗になったが太陽は全く見えず、日全食観測は失敗に終わった。

2009年7月21日 (火)

日全食

7月21日 最高気温35度(最低気温27度)晴れ

2009072101皆既日食のことを中国語では「日全食」と言うようだ、食品会社の名前みたい
無錫地方では8:30頃から欠け始め9:30頃日全食、10:30頃に終了の予定
アパートの屋上へ出て見るつもりだが、天気予報では今夜から明日に掛けて雨と雷、局地的に暴風雨の予報、呑気に皆既日食観賞とはいかない天気のようだ。

2009年7月20日 (月)

水密桃

7月20日 最高気温37度(最低気温29度)晴れ

ビールが旨い季節
昨日もサウナでガンガン汗を流した後、休憩室で「冷えた」ビールを注文したが冷え方が中途半端でスカットしなかった。
水分の摂取を我慢しキンキンに冷えたビールを美味しく飲みたいが為にサウナへ来ているような所もあるんだから何とかして欲しいものだ。
ビールは北京で飲むのが旨い。
北京の40度も無錫の40度も気温は同じだが北京は湿度が低くビールを飲む時の喉越しの爽快感が抜群にイイ、夏のビールは北京に限る。

退職したLさんから無錫特産「水密桃」を頂いた。
2009072001昨日サウナを終えスタバでコーヒーを飲んでいたら、Lさんから「水密桃を持ってゆく」と電話が掛かって来、頂いた次第。送別会のお礼だろうが義理堅い子である、親御さんの教育が良いんだろう。
私の経験では中国で返礼に何かを頂いた事は殆どない、貸した本・DVDは帰ってこない、食事を奢っても御礼の言葉も無い、それが普通になっていたのでLさんの水密桃が輝いて見える。
「水密桃」は無錫の特産らしい、この水密桃は蜜がたっぷりで甘くやわらかく美味しいです。
今が旬のようで町中で売っています。

2009年7月18日 (土)

また送別会

7月18日 最高気温37度(最低気温28度)晴れ

「無錫市気象台は7/9、無錫が8日に梅雨明けしたと発表した。
今年の梅雨の期間は6月26日から7月8日までの12日間で、例年より16日も早く梅雨が明けたことになる。」
なんだそうで、無錫の梅雨はとっくに明けているらしい、そう言えば最近雨が少ないが蒸し暑さは変わらない。

昨日も送別会、通訳担当のLさんである。
Lさんも私の日本語勉強会の生徒さんだが彼女は日本語が達者で雑談会のメンバ。
無錫人の彼女からは多くの地元情報を得てブログネタにしていたのだが情報源が絶たれる事になる。
昨日の送別会はプライベートなので日本料理を長く食べていないというリクエストに答え二人で新区日本料理屋「吉亭」の食い放題88元/人コースへ
刺身盛り合わせ、てんぷら、握り寿司盛り合わせ、串焼き盛り合わせ、すき焼きなどで元は取った

Lさんの転職先は錫山区の区職員、一昨日のCさんは不動産屋の財務、転職先は様々
中国では政府関係への就職は人気が高く仲々就職は難しいが、Lさんの親戚が副区長だとかで縁故で潜り込んだらしい。
人気の理由は安定度が高い、福利厚生が一般企業に比べ良いのだそうで、福利厚生面では健康保険、年金、住宅積み立て補助が充実しているらしい。
今も有るのか解らないが、日本でも給与天引きで住宅購入資金の積み立ては一般預金より少し利率がよい積み立て制度があったが、中国での制度は給与天引き額と同等額(企業により異なるし上限額も有る)を企業が負担する制度であり、企業にとってかなりの負担額である。
ところがここの政府の積み立て補助金制度は、たとえば1000元を天引き積み立てすると2000元の積み立て補助金が出るそうで、これじゃ一般企業はかなわない(地方政府によって制度は異なるが無錫は金持ちの市である)。
ま、ともあれ私としては区政府に知り合いが出来ることになり歓迎である。

2009年7月16日 (木)

労働

7月16日 最高気温36度(最低気温27度)晴れ

今週で退職する財務部Qさんの送別会で親しい人が集まり夕食会。
彼女は私の日本語勉強会の生徒の一人で、日本語センスも良く残念だが仕様が無い。
こちらの送別会は日本に比べれば非常にさっぱりした儀礼的なものでご飯食べてハイ終わりってな感じである。
送辞も答辞も無くまた去る職場への思いを語る訳でなし、新しい職場への期待を語る訳でなし、料理の味、マンションの価格の話などいわゆる世間話で終始し食べ終われば解散である。
私も2度この様な送別会で送られた経験があるが、日本人の癖で現職場への注文・改善点を酒に任せてグダグダ語ってしまう、言っても何も変わらないのは解っていても。

中国人の職場・仕事への思い(考え)は生活費を稼ぐ場所で、かつ友人関係を築く場所なんだろうと見える。
労働を提供しそれに見合った賃金をもらう、見合った賃金が得られなければ別の職場へ移動してゆくし、自分の能力が発揮できる環境・待遇が得られなければ移動してゆく、そしてそう言う人材を新しい職場も受け入れる。
全員がそうかといえばそうでもなく給料が安くても新しい技術を得るために我慢しているものも居るが、技術を獲得してしまえば去ってゆく。
ま、突き詰めれば労働というのはそんなものかもしれないが、それだけじゃないだろう思う。
過去の私は仕事に何を求めていたんだろうか、生活費・友人・待遇・技術の習得は変わらないがそれに加え「到達点の見えない自己満足的努力と発展のない安定」かもしれない。徐々に中国人化して来ているかもしれない。
誰かが日本の労働者は「幸せの先送り」をしていると、今の幸せを我慢し定年を迎え、定年後の楽しみは思い出に生きる。しかし年金制度の崩壊が現実に見えて来はじめた今、日本人の考え方も変わってゆくのかも知れない。

中国就労ビザがようやく取得できた。
2年の就労ビザでこれで2年間はビザの心配から開放されることとなる。

2009071501 2009071502

2009年7月13日 (月)

ハンカチおじさん

7月13日 最高気温35度(最低気温27度)晴れ

昨日の日曜日、午前中はゴルフ打ちっ放しで汗を流し、午後はサウナ風呂へ行き汗を流し冷房の効いた休憩室でゆっくり寝たので体調がよい。
無錫に来て何軒かサウナへ行ったが、浴場の清掃がイマイチで不衛生、サウナ室、休憩室の設備も満足行かなくリピートする気にならない店ばかりだ。
その理由は簡単で、客の目的は風呂・サウナではなくその他が目的の奴らばかりだからで、私のように純粋に大浴場・サウナ・休憩室で疲れを癒そうなんて発想の奴が居ないからである。
昨日行った「海蘭雲天休閑中心」はフリーペーパーで豪華設備と謳っているのを見、豪華設備の謳い文句に引かれて少々遠いが行った店である。
これまで行った店に比べれば大きい施設で店員の対応も良かったが、休憩室フロアーにVIPルームがやたら多いのが気になった。

最近朝の通勤時バス停で私と同じ年格好に見える男性の御仁を時々見掛けていた。
私は一般の市バス待ちだが彼は開発区行きの専用バスに乗り込んでおり、バス停も異なるため遠目で見掛ける様な案配だ。
大きな黒鞄を肩からぶら下げ、メガネを掛け、メタボ検診では必ずバツを食らうだろうと思える体型の日本人に見える御仁である。
2009071301 こんな田舎だから日本人ではなかろうと踏んでいたが、この暑さでのバス待ちの最中その御仁が「ハンカチ」を取り出し汗を拭いたのを見て日本人と確信した。
中国人はハンカチを持たない、手洗い後はピュッピュッと手を振って水を切る、街でハンカチなるものを売っているのを見たことがない。

すかさずその御仁に近づき「お早うございます」と声を掛けたが返答がない、ムム?違ったか?「日本のかたですか?」と更に声を掛けると「おっおー!」と驚いたような返事が返ってきた。
やっぱり日本人であった、しかも同じアパートに住んで居られ、このアパートの日本人住人に会うのは初めてとおっしゃる。
バス待ちの間で自己紹介もそこそこだが、無錫に来て2年目らしく駆け出しの私に比べれば経験豊富なはずである。
色々と教えを請えるだろう、今後の展開が楽しみである。

2009年7月12日 (日)

警備員

7月11日 最高気温35度(最低気温26度)晴れ

言ってもしようが無いが本当に暑い、外の体感気温は40度近くは有るんじゃないだろうか。
そんな酷暑の中「清名橋古運河景区」へ出かけた。
代わり映えがしないと言えばそれまでだが無錫市内にある水郷風景の場所、先日車で移動中会社の運転手が「どう、ここ綺麗だろう?」と車中から教えてくれた場所で、次の土曜日に行こうと決めていた場所である。

2009071101 例によって2元バスで移動だが、バス停で待っていたところバス停隣の自動車整備工場で洗車しているのを見かけた。
1台の車になんと6人がかりで洗車している、人余りの中国とは言え非効率過ぎないか?(逆に効率が良いのか?)
日本なら自動洗車機使って一人で済むところだろうに、洗車機よりマンパワーのほうが安いんだろう多分。

炎天下30分ほど待って要約来た106番のバスに乗り目的地へ出かけたが、この106番のバスは冷房も入ってない。
清名橋古運河景区に到着、清名橋とは運河に掛かる3つの橋の内の一つの橋の名前だった。
2009071102 2009071103 2009071104 説明するまでも無く、運河があって、石橋が掛かっていて、運河沿いに古い民家が並ぶ水郷風景だが、無錫の開発から取り残され残っているところが希少価値である。
運河沿いの民家はボロボロの状態で今のところ「汚い」と言うのが正直な感想だが、運河沿いの歩道・民家は現在整備工事中で、出来上がれば運河沿いに土産物屋・レストラン・バーが並ぶことになるだろうから、手の付いていない今のうちに場所を確保し商売でもやったらどうか?結構行けるだろう。

清名橋の近くに「絹糸紡績博物館」(入場料15元)が有り入ってみた。
2009071105 客は私一人だけで私が館内に入ってゆくと昼寝をしていた警備員が起き上がり後を付いて来た、古い紡織機、絹織物、絹刺繍品が展示してあるだけのどって事のない博物館で警備員の昼寝を邪魔しただけだった。
出口の切符売りのおばちゃんに「いかがでしたか?」と聞かれたが「まあまあ」と答えておいた。

清名橋を渡った先に「無錫かまど遺跡博物館」と言うのもあった。
2009071106 入場券を買いに売り場の有る事務所に行き、何しに来たの?と言わんばかりの無愛想なねーさんから切符を購入したが入り口には15元と書いてあったが実際は5元だった。
自動改札機に入場券を通し館内に入ると、ここも客は私一人、館内には釜戸遺跡から掘り出された屋根瓦、鬼瓦なぞが展示してあるが電気もついてないしエアコンも入ってないし何だここは?と思いながらプラプラ見て回っていると警備員が寄って来「何してるんだ?出て行け」と無礼なことを言う。
「お前はなにを言ってんだ!俺は入場券を買ってここを見に来た客だ!文句あるか!」と怒鳴り返した。
もう一度「文句あるか!」と言うと「俺は知らないよ~」と捨て台詞にもならない台詞を吐いて謝るでもなく退散して行った。
恐らく、ここは見物客なぞ来たことは無いんじゃなかろうか、何だここは。
見る程の物も無く出口へ行くと先ほどの警備員が居た、「出口はどこだ!」と言うと、気持ちの悪いほど態度を変え愛想笑いを浮かべ「こちらです」と出口まで案内してくれた、多分切符売り場に確認したんだろう。
猛暑に加え無礼な博物館に遭遇し気分の悪い清名橋古運河景区であった。

2009年7月 8日 (水)

タクシー運転手

7月8日 最高気温34度(最低気温25度)晴れ

一昨日、新区へ程ちゃんと出かけたときのこと。
20090708 タクシーに乗り込み二人で話していると運転中の運ちゃんが「話している言葉は英語か?日本語か?」と聞いてきた。
英語か?日本語か?と言う質問内容も結構すごいが「日本語だよ」と答えると「家の娘が今年大学だが、日本へ留学するか、フランスへ留学するかで迷っている」と言い出した。

中国の大学は9月が新学期、入学する大学は決まっておりその後の進路で親子で話し合っているという。
娘さんは日本留学が希望らしい。
娘さんは江南大学に入学するが、ここ江南大学では日本の何処かの大学と生徒の交換留学制度が有るらしく、1年間の内6ヶ月を江南大学で勉強し6ヶ月を日本の大学で交互に勉強することを4年間繰り返すと江南大学の卒業資格と日本の大学の留学資格(卒業資格まで取得できるかはお父さんも知らないらしい)が同時に取得できる便利な制度らしい。
これは小子化に対応して日中大学共に学生を集める為のジョイント企画制度だろうが大学も色々考えるね。

「お父さん、先ずは英語の習得が先じゃないの?」と言うと
「英語は6級の資格を取ってるから別の言語を勉強させたいのよ、日本語とフランス語のどっちが良いかね?」
「無錫・蘇州・上海で働くなら日本語だろうけど、日本語と英語は文法が大きく違うから日本語覚えると英語忘れちゃうよ、フランス語の方が覚えやすいんじゃない?でもタクシーの運転手じゃ留学費用も楽じゃないね?幾ら掛るの?」
「50万元(700万円)」
二人で「エー!ご・・ごじゅう万ゲン!、そんなお金良くあるね!」
「マンション2軒を売ったし、タクシーも一台売った」
タクシーを売るとはこう言う事らしい、彼はタクシーの営業権付きで車を2台購入、1台25万元で購入したらしいが、その内の1台が50万元で売れたという。中国ではタクシー営業権付きの車が売買されるらしい、知らなかった、奥が深いこの国。
このタクシーの運ちゃんは金持ちの様だ。

その後、程ちゃんの貧乏日本留学の話を延々として、日本でバイトすればもっと安く上がる云々の金持ち運ちゃんにとってアドバイスになったかならないような話をしていると新区に着いた。
タクシーを下りるとき「こんな為になる話を聞かせたんだから料金タダにしなさいよ!」と程ちゃんが交渉したがタダにはならなかった。
程ちゃんは立派な中国人である。

2009年7月 7日 (火)

夕刊紙

7月7日 最高気温33度(最低気温25度)晴れ

七夕ですね、無錫は曇っており星は全く見えません。
2009070701 夕食を食べながら「江南晩報(夕刊紙)」を見ていたら、1面はウィグル騒乱で140人死亡の記事。
2面の片隅に殺人事件のニュースが載っていた。

[7月4日]蘇州の酒吧(おそらくKTVだろう)で日本人男性が1名の女性服務員を刺死
女性服務員は李召君という19歳の女性で6箇所を刺され病院に運ばれたが死亡、容疑者の日本人男性は星野×二(1974年生まれ)一旦酒吧から逃走後警察に出頭し身柄を拘束された。
星野×二は蘇州工業開発区の蘇州巴開吉設備有限公司に勤務、金銭トラブルの感情の縺れから殺人に至った模様。
男性はこの酒吧の馴染み客で、当日部屋に入った後女性服務員の「あ~!」と言う声がした後部屋から逃亡、服務員が警察へ電話した。死亡した女性服務員は未婚だがボーイフレンドがいた。

食堂のおねーちゃんにボールペンを借り記事のポイントだけをメモしてきたので、多分こんな内容の記事だったと思う。
事件のストーリーは恐らく、カラオケの若いおねーちゃんに入れ揚げた日本人のばか者が金を注ぎ込み、別れる切れるの話で、金を返せ・返さないで揉めて殺人に至ったんだろうと勝手に推測する。
多分綺麗で日本語がそこそこ出来るおねーちゃんに入れ揚げた若者(34歳)の悲劇だろう。
殺人まで至るケースは少ないが、似たような話は中国では何処にでもある話で珍しくも無いが、中途半端に使い出の有る金を持ち誘惑の多い魔都市で暮らすには自分をしっかり持たないと危ない事になるね。

2009年7月 4日 (土)

飲みすぎ

7月4日 最高気温32度(最低気温24度)晴れ

3日4日と上海へ出かけた。
H社から実習生として1年間上海で業務勉強中の御仁と、過日無錫の弊社を訪問してくれたお礼・情報交換・仕事の話を少しを目的に食事&飲みに行った次第である。
H社に近い思南路のMOTEL268に宿を取った。H社が入る上海のビルは何度も訪れており迷わず行けるはずだったが、1年半振りに行って見ると工事中の新築マンションばかりで目測が狂い遠回りしてしまい約束の時間に15分も遅れ申し訳の無いことをした。

「白木屋か笑笑でどう?」と言うと「日本食に飢えているのでそうしましょう」と言う事で、東湖路の笑笑へ行くことになった。東湖路の東湖賓館近くにある白木屋・笑笑は軒を並べて営業している。
飲み食い放題160元(180元だったかな?酔っ払って覚えていない)コースで楽しいときを過ごした。
2009070401 その後「セイザバー」で2次会、その後「サザンクロス」で3次会、サザンクロスはセイザバーの姉妹店で金ちゃん兄弟のおねえさんが店を切り盛りしており、久しぶりにおねえちゃんと再開ウダウダと飲んだ。
2店ともカクテルバーだがセイザバーは金髪に占領されてしまい、日本人と中国人はサザンクロスと3号店へ逃げてきているような按配だ。
3次会でお開き、再開を約束して別れたが飲みすぎ。

今日4日はいつものSさんと情報交換、ホテル近くの呉越人家でビールを飲みながら話をしたが二日酔いで全くだめ。
9月に日本のお台場国際展示場でバッグの展示会を行うんだが日本では何が売れるか?なんて話をしているが二日酔いでまともに話が聞けない、正気な時にまた話そうという事でラーメンを食って早々に解散。
ミスドでドーナッツを買い込み帰りの新幹線に乗った、飲みすぎた。

2009年7月 3日 (金)

新500元人民札

7月3日 最高気温31度(最低気温23度)晴れのち雨

中国でもネット上のデマは多々有るが、ニュースで取り上げ否定する例は少ない。

20061219232211628 [7月2日のニュース] 中央銀行関連責任者は“11月に新版の500元人民元を発行します”とのネット上の書き込みは、デマだと語って、ネットの上の書き込みはまったくあり得ない話と否定した。
ネットの上には、今年11月500元額面の紙幣が発行されると'新500元人民元”の写真が掲示され、紙幣には鄧小平の笑顔の肖像が印刷されていた。
これに対して、中央銀行は、新版500元人民元”の計画は無く、ネットの上の書き込みはまったくありもしない話と責任者は語った。

中国国内の銀行融資残高は昨年一年間の融資総額を半年で超えてしまったらしい。
上海市街地の不動産価格は最高値を更新しているらしいし、財政のバランス的に他の先進国よりはマシとは言え景気後退を何とか避ける為の無秩序に近い金融緩和策がこれらの背景にある。

住宅ローンも借り易いことから若者達も住宅ローン借り入れによるマンションの購入に走っており、加えて投資目的のマンション購入熱は相変わらず高い。

中国政府は市場をインフレへ誘導しているのかも知れない、これらの背景もありデマ500元高額新札の話しも誠しやかに流布するんだろう。
何処のタイミングでどの程度の金融引き締め策を発動するのか?、低額所得者にお金を貸し続けたサブプライム破産が中国で起きないとも限らない。

これらの話とは別に、中国人民元の最高額が100元というのは財布がかさばってしようがなく500元札が欲しいところではある。

2009年7月 2日 (木)

お知らせ

7月2日 最高気温32度(最低気温24度)晴れ

中国出張の方々気を付けましょう。
日本国大使館も、しもの世話まで御苦労なことです。
----------------------------------------*
在中国日本国大使館からのお知らせ

****************************************

売買春行為に関する取締強化について(09.07.01)

中華人民共和国公安部は、6月26日付の同部のホームページ上に、組織的、強制的な売買春行為の取締りを強化するため、9月末までの3ヶ月間を取締強化期間とし、中国全土において取締運動を展開する旨を掲載しました。

「中央総治弁、公安部部署開展打撃組織、強迫婦女売淫犯罪活動専項行動」

上記の発表によりますと、売買春行為の温床になっている場所、特に、
(1)カラオケ、ディスコやナイトクラブなどの娯楽施設、
(2)理髪室、足裏マッサージ、美容室、エステサロン、浴場やマッサージ店等のサービス店、
(3)旅館、ホテルやマンション等の公共宿泊施設について、監督取締を強化するとしております。
また、今般、これらの行為をより厳しく取り締まる理由として、新中国成立60周年に向けて良好な社会環境をつくるためとしています。統計によれば、近時、中国全土の公安機関等によって摘発された売買春行為の案件は、年平均14万件以上、25万人以上とのことですが、最近は特に組織的、強制的な行為が増加しており、事件が悪質化しているとのことです。

在留邦人の皆様におかれましては、このような売買春行為に関わることなきよう、十分な注意を払って下さい。

2009年7月 1日 (水)

瀋陽・長春

7月1日 最高気温30度(最低気温22度)晴れ

28日から梅雨に入った無錫、雨が多いが気温が下がり寝やすい。

29日に長春へ出かけなければならず、瀋陽での遊びも含めて27日から3ヶ月振りに瀋陽・長春へ出かけた。
2009070101_2 これまでは上海浦東空港からしか航空便が無かったが、6月から無錫・瀋陽便が就航し移動が便利になった。
無錫から17時25分発のシンセン航空便が気流が悪いとかで19時10分に遅れて出発。
揺れるだろうと予想したが、予想通りジェットコースターに乗ってるような案配で酷い乗り心地だった。

無錫・瀋陽間は2時間ほどの工程で21時過ぎに瀋陽空港に着いたが、この時期の瀋陽の夜は半袖姿には肌寒くさえ有る。
暫くやっていなかったタクシーの値段交渉でタクシーに乗り込みホテルへ、これまでは瀋陽のアパート住まいだったがホテル住まいに変わるとこの地も旅行者として訪れる土地に変わったんだとの思いが強くなる。
2009070102 ホテルは中山広場近くの海悦酒店、街の中心部にあり225元/泊と安く部屋も広いが、安普請のため隣の部屋の声が聞こえ何ともである。

早速馴染みのクラブ「さくら」へ出かける。
3月にキープした酒が未だ残っており、おねーちゃん達の顔ぶれは半分ほど変わったがママ始め中堅どころ以上は全て残っているし、日本人客の常連さんも殆どメンバは変わらず安心して飲めた。
日本人の出張者も一時期に比べ増えているらしくまずまずの繁盛振りである。
「hakata」はダメらしい、中国人のママさんはダンナと一緒に日本へ帰国したらしく、変わりに日本人ママが仕切っているようだが場所が良くない。
今の場所へ引っ越すと前のママから聞いたとき、反対したんだけれどやはり良い結果にはならなかったようだ。

翌日の夕食「肉になります」の焼き肉屋へ出かけた。
いけません肉の味が大きく落ちている、以前に比べて肉が美味しくない、これだから中国人が資本に加わっている処はダメなんだ。
客が集まるようになると材料の質を落とし利益確保に走る、だから客が離れていく、解っているのにこんな事を繰り返す。
飲食業だけでなく全ての業界がこんなことで客離れを起こす、目の前の金しか見ない、一度離れた客はそう易々と戻らないのに。

29日日帰りで長春へ出かけた。
無錫-上海間と同じ新幹線(動車組)だが車窓の風景が大きく異なり田畑と農村風景が続く。
長春の友人と仕事上のもろもろの話をし、市内を何カ所か見て回ったが相変わらずこの街は貧乏な街である、こんな処でのビジネスはだめだよなー。
夕立に追われるように長春を後にし夜の瀋陽へ戻った。

瀋陽から無錫への戻り便も酷く揺れた、瀋陽-無錫-海口行きの便で殆どの乗客は海南島のリゾート地へ行く団体観光客である。
この酷い揺れの機内で皆さん揺れを気にする風もなく、着席アナウンスを無視して通路に立ち記念写真を撮りまくり、お菓子の回し食いをし、大声ではしゃいでいらっしゃる。
全くどんな神経をしているとこの揺れが気にならないのだろうか?、大陸人はすごい。

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

フォト
2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ