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2009年5月

2009年5月31日 (日)

保齢球

5月31日 最高気温33度(最低気温20度)晴れ

30度超の日が続く無錫です。
そんな昨日土曜日、程ちゃんと何処かへ出かけようと言う話になったが、この暑い中炎天下は遠慮したい。
室内の涼しいところで健康的に遊ぶところは?と言う事で「保齢球は?」という事になった。
2009052901 保齢球(baolingqiu)はボーリングの中国語、早速ネットで無錫のボーリング場を調べると何箇所か有ったが、無錫日本人会のボーリング同好会が利用している「正源保齢球館」へ行くことにした。
若いころは良くやったが最近はボーリングなんてやったことが無い、久しぶりだし中国でボーリングをやるのは30年ぶりくらい。30年前北京の国際クラブに有った4レーン程で倒れたピンは人力でセットし直すボーリング場しか知らない。

正源保齢球館は無錫汽車駅の向かい側、運河沿いに有った。
行って見たら入り口が閉まっている、閉店か?と思い隣の食堂のおばちゃんに聞いたら12時開店だそう、2階の喫茶店で時間を潰し12時を待って入場。
値段表を見ると12時から17時までは1ゲーム15元(210円)、17時から18時まではサービスタイムで1ゲーム5元(75円)とある、17時まで待とうかとも考えたが先ずはやってみようということで一人3ゲーム+貸し靴代5元を申し込み、その場で料金を払う。
このボーリング場は20レーンほど、お客はロシア人らしい男3人組みと中国人の2人組みに我々を入れ3組だけ、あまり流行っていない。
2009052902 機械はブランズウィックを使っているがこの機械良くトラブる、時々ピンセットの装置が下りて来ずその度に係員のおね―ちゃんを呼んで修理、他のレーンでも同じような按配で1ゲーム中に2回ほどトラブる。
レーン横の柱には「クラブ メロディ」の巻き広告がボーリング終わったら来て下さいと誘っている。
久しぶりのボーリングだったが、170点台は出せたので面目は保てた。

17時からの5元コースをまたやるか!って事になり、遅い昼ごはんを食べ、日本で行列が出来てる「H&M」が保利広場に有るらしいので暇つぶしに見に行ったが何だかユニクロ見たいな店内で人は少なかった。
17時に再度ボーリング場へ、先ほどの係員のおねーちゃんが手を振って迎えてくれる、お客は8割り方埋まっており金髪の男女グループが賑やかに騒いでいる、3ゲームずつ消化し帰宅したが良い運動になった。

2009年5月29日 (金)

呉語

5月29日 最高気温30度(最低気温19度)晴れ

20090528012005年7月 西安の兵馬傭博物館、等身大の兵馬像が無数に、圧巻です。

(引用)
中国語の五大方言は北京語、呉語、広東語、福建語、客家語。

  ●北京語:現在は普通話と呼ばれる。

  ●呉語:北方中国語(官話方言)に次ぐ一大方言グループをなし、上海語はその代表格。

  ●広東語:広州市と香港を中心に話されている「広府話」を標準とする同系統の方言の総称。

  ●福建語:漢語方言の化石と称されるほど古い起源と複雑な形成過程を有し、方言研究の宝庫とみなされている。

  ●客家語:話者は、主に広東省東部、福建省西部、江西省南部の山間部および台湾の北西部に分布する。

中国語の標準語(普通話)は北京語の発音をベースにした言葉の様だが、北京語にも北京訛り(江戸弁のような巻き舌音er)が有り、東北ではズーズー弁に似た東北訛りが有るが標準語とそれほどの差は無い。

ところがここ無錫の地元民が話す呉語は、標準語とは大きく異なり同じ中国語かと思えるほど発音が違う。
(引用)(呉語ごご; 上海市、浙江省の大部分、江蘇省南部及び安徽省、江西省、福建省の一部で話される。呉語の主要なグループには上海グループ、(上海語)、蘇南グループ(蘇州語)、東おうグループ(温州語)などがあり、上海語と蘇州語が代表的な呉語とみなされる。)

標準語(普通話)と無錫語(呉語)とは如何ほどの違いがあるのか、今日の雑談の中で劉さんに聞いてみた。

数字の発音(カタカナ表記、正しい発音とは異なる)
一(標準語:イー、無錫語:イェ)二(アール、リィァン)三(サン、セ)四(スー、ス)五(ウー、ン)六(リウ、ロ)七(チー、ツェ)八(パー、バ)九(ジゥ、ジゥ)十(シ、ゼ)

こんにちは、これ(あれ)幾らですか?
標準語:ニーハオ、チェイゴ(ナーゴ)、ドゥオシャオチィェン
無錫語:ニーホ、イーゴ(ゴゴ)、ジーフズォピョウ

だそうです、これじゃ解らないはずだ。

2009年5月27日 (水)

統一試験

5月27日 最高気温28度(最低気温16度)晴れ

20090527012006年1月桂林の川下りの写真、冬季で水量は少ないが美しかった。

明日から中国は端午節休暇、土日含めて4連休運になる企業も多いが我々は日本休暇に会わせているため出勤である。
端午節については以前にも書いたので省略だが子供の節句ではない。
粽(ちまき)を食べるところは日本に同じ、粽と言っても日本風ではなくもち米に肉とかあんを入れたオムスビ状のやつである。これから夏季に入るがここ無錫は梅雨が有るらしいので雨の多い季節がやってくるはずである。

今日の雑談の話題は、6月の全国統一試験、中国の入学式は9月、6月は卒業・入学試験シーズンである。
大学入試にあたる全国統一試験はどんな仕掛けなのか聞いてみた。

全国一斉に試験が行われ、受験者は答案結果が帰ってくる前に自分の答案成績を自分で採点し通過できると思われる、第一志望校3校、第二志望校3校を申請する。
試験の結果、志望校合格ラインがクリアできれば今度は大学側が合格ライン以上の生徒を選ぶ。
選ぶ基準は高得点の学生、出身省のバランスなどで決めるらしい。
志望校の合格ラインを3校ともクリアしていると何処の大学に進むかは大学側が決めるため何処へ入学するかは通知が来るまで解らない、抜きん出て成績の良い生徒は有名大学の間で取り合いになるらしい。

試験問題は各省によって作られるためまちまちだそう、これは各省の教育レベルに差が有るためこの様な処置が取られているらしい。
じゃ試験直前に教育レベルの低い省へ引越しすれば有名大学への入学も大都市に比べ易そうだが、それは法的に禁止されていると言う。
従って北京大学、精華大学の学生も出身省によりおツムの中は格差があり一級品ばかりではないらしい。
統一試験の満点は750点、北京大学、精華大学に入るには660点以上必要らしいく、少数民族枠もあると言う。

雑談

2009年5月25日 (月)

雑談

5月25日 最高気温26度(最低気温16度)曇り後小雨

20090524012004年8月モンゴル草原に行ったときの写真

今朝玄関ドアに張り紙がしてあった「ガスメータ使用量の調査にお宅を何度も訪問したけれど不在だった、しいては黒色のガスメーターの使用度数を次の電話番号まで明日9時前に連絡してほしい 客服部抄表組抄表員」
ガスメーターは部屋の中にあり検査員は部屋に入らないと使用量がチェックできない、多分使用量を申告しないと直ぐに供給停止されるだろう、面倒くさいシステムだが明日電話するしかないだろう。

毎日30分、日本語通訳さん2名と雑談時間を設け、続けている。
通訳さんは普段日本語で会話する事がほとんど無く折角勉強してきた日本語が枯れてしまう事を心配し、私から申し出て雑談時間を作った。
現在通訳さんは2名の女性、両名共に日本への渡航経験は無く大学で勉強した日本語である。
その他に総務部に程ちゃんが居るが、彼女の日本語は7年間日本で習得したもので全く問題は無く雑談の対象外である。

通訳の劉さんは日本語検定1級の保有者でまあまあな日本語会話が出来る23歳、大学を出て直ぐ入社した無錫人。
もう1名は現在南京の大学4年在学中で半年間の現場実習で来ている21歳の夏っちゃん(苗字が夏)、江陰市人。
一般的な話だが日本語を専攻する女性に美人さんは少ないが、夏っちゃんは美人さんでしかも自宅は車2台を保有するお嬢様、若い男性社員からのアプローチも多いが当人は大学卒業したら日本へ留学するつもりと言っている。

私の方は無料で若い女性と話が出来息抜きになるし、いろいろな情報も得られるので面白い。
毎日の話題は様々で主に新聞・ネットのニュースを拾って話題にしている。
日本語会話は主に劉さん中心だが、その横で夏っちゃんが私の話す日本語の唇の動きをジーっと見つめて発音と口の動きを一生懸命見ている。

そんな中、劉さんが先日のスッポン売りの話を家族にした所、自転車にぶら下げたスッポン売りは少ないらしく多分病気に掛かって売れないスッポンを売っているのだろうから買わない方が良いとアドバイスをくれた。
スッポンを買って自分で料理することなぞ考えもしないが、スッポン売りにも色々な裏が有るんだって事が解り面白い。

落語の演目に「らくだ」と言うのが有り、長屋に住む嫌われ者「らくだ」と呼ばれるヤクザ者がフグを自分で料理し毒に当たりまいっちゃう。それを聞いた長屋の連中は大喜びするが、「らくだ」の葬儀をしようと言う仲間がまたヤクザで一騒動を起こすという話だが、私もスッポンを自分で料理しようと言う気を起こしたら「らくだ」になってしまったかもしれない。

2009年5月24日 (日)

恵山古鎮

5月24日 最高気温29度(最低気温16度)うす曇り

webの無錫紹介ページで無錫にも江南水郷風情の観光地が有ることを見つけ早速出かけることにした。
場所は錫山公園近くの「恵山古鎮」、1年間フリーパス対象の錫山公園の隣に有るらしい。
722番のバスに乗り商業大廈で乗り換え錫山公園へ向かう。
地図で見ると錫山公園を突き抜け裏門から出ると近そうなのでフリーパスで錫山公園に入る。
2009052301 2009052302 2009052303 公園内の泥人形販売店の入り口の人形、第二泉の龍の口をパチリ。
裏門出口の係員に聞く。
地図を見せ「恵山古鎮って知ってる?」「ム~?」暫く考えて「あ、ここ出て左」あまり有名な場所じゃないらしい。
裏門を出て2,3分も歩くとそれらしい中華門があった、どうもこれらしい。
現在至る所工事中、上海万博の流れ客を狙っての工事だろうと思う。
庭園の蓮の花が咲き始めていた。
2009052304 2009052305_2 2009052306 2009052307 2009052308 2009052309

2009年5月23日 (土)

ラジオ

5月23日 最高気温27度(最低気温17度)うす曇り

うす曇の無錫、出かけない休日は日本のラジオを聴いて過ごすことが多い。
最近のTVに出ている顔ぶれは解らない、従って見ていてもつまらない。
その点ラジオ番組には昔懐かしい顔ぶれが多く出ており違和感無く楽しめる、自分も歳を取った。
2009052201その中でもTBSラジオ月~木曜日 22時~24時(日本時間)「アクセス」渡辺真理ちゃん、あの鼻に掛かった色っぽい声が良い。
同じくTBSラジオ土曜日 13時~15時(日本時間)「久米宏ラジオなんですけど」相変わらず元気で早口のしゃべりが良い、65歳であの頭の回転の良さには関心する。
土曜日 8時30分~13時「永六輔その新世界」永さんは年齢(76歳)も有るのだろうが声に張りが無く年齢を感じさせる。
若手では「安住紳一郎の日曜天国」日曜日 10時~12時、安住くんはそのまじめな性格が声に出ているし頭の良さが感じられ良い。
「ミッキー安川のスーパーフライデー」(ラジオ日本 金曜日 深夜11:30~1:30)相変わらず偉そうな事ばかり喋ってはいるが、深夜0時に国歌君が代を必ず流す、外国で聞くとジ~ンと来るものがある。
そんなことでラジオを聴くことが多くなっている。

就労ビザの手続きが遅れている、理由は中国政府からの「招聘状」がなかなか発行されない。
理由ははっきりしないが、日本で流行中の新型インフルエンザが持込まれるのを心配しているのでは?と程ちゃんは言っているが、当人は中国に居るのだから関係ないだろう。ビザの発給が厳しくなっているらしい。
3カ月の滞留期限も迫っており困ったものだ、香港へ一度逃げて滞留期間を延ばすことも考えなけりゃならない。

2009年5月22日 (金)

甲魚

5月22日 最高気温30度(最低気温17度)晴れ

朝出勤時バス停でバスを待っていたら、自転車のハンドル片側2匹ずつのスッポンをぶら下げたスッポン売りのおっちゃんが寄って来「スッポン要らないか?」と言ってきた。
出勤途中の人間にスッポンを売りつけるのも何だか的はずれな気がするが、スッポンの尻尾を紐で結びハンドルからぶら下げている。
へ~エ、スッポン売りも居るのか、このあたりは運河が多いからさぞかしスッポンも多く生息してるんだろう。

中国語ではスッポンを「甲魚(jiayu)」と書き、日本語では「鼈」と書くんだそう、日本語は難しい漢字です。
中国字は甲羅のある魚、解りやすくは有りますがあれは魚か?ネットで調べると爬虫綱カメ目スッポン科に分類されるので魚じゃないね。

昼食時若い社員にスッポン売りの話をしたら、普通はカゴか網に入れ売りに来るのが普通で自転車にぶら下げて売るのは珍しいと言っていた。スッポンの食べ方を聞いてみたところ、煮る(鍋)、炒めて食べるらしい。
鍋は一般的だが、油で炒め野菜を加え醤油で味付けしても食べるらしい。

江戸時代10両を盗むと死罪だった当時、左官の亀五郎が10両を盗み死罪となった時詠んだ辞世の句。
「万年も生きよと願い亀五郎、たった十両で首がスッポン」

2009年5月21日 (木)

最近のニュース

5月21日 最高気温25度(最低気温18度)小雨

2009年7月22日午前8時頃の皆既日食、無錫は観測ベスト地点
(引用)
中国科学院、中国科学協会、科技部、国家自然科学基金委員会は19日、今年2009年7月22日午前8時頃に起こる日食に関して合同で発表会を開催した。
発表会では、今回の日食は二千年間で日食時間が最も長く、日食の始まりから終わりまで約2時間以上と今世紀最大の日食となると伝えた。
また、中国国内では皆既日食となる時間は最大6分間で、皆既日食が見られる皆既日食帯は、西は西蔵(チベット)南部から東は上海までとおよそ250キロメートルにわたることも伝えている。
その他、中国天文学会と国家天文台は共同で、皆既日食中心食帯上にかかっている8ヶ所の都市を「2009年皆既日食指定観測点」とすると発表。この8都市は、銅陵、桐城、[黒へんに多]県(yi1 xian4)、嘉興、蘇州、高淳、常州、無錫。
無錫も観測ベスト地点だそうです、晴れてくれれば良いんですが。

無錫と言えば、無錫空港の税関職員は戦々恐々。
無錫空港の国際便は台湾・香港、関西空港の間のみ。新型インフルエンザの発生が多い関西空港からは週3便が往復しており、持込み荷物の検査を行なう関税職員は戦々恐々だそう。

2009年5月19日、中国の温家宝(ウェン・ジアバオ)首相は国務院常務会議を主宰し、自動車およびテレビなど家電製品5種類を買い替えた人に補助金を支給する新たな消費刺激策を決定した。
家電については20億元(約280億円)が充てられる。対象はテレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、パソコンの5種類で、古い家電を廃棄して新たに買い替えた場合、購入金額の10%を補助する。

重慶「性公園」を撤去
20090520015月16日重慶洋人街にある「性公園」が撤去された。張りぼての裸体、壁画、各国の性習慣紹介、性文化紹介などで5月1日開業以来毎日1000人の入場者を集めていた「性公園」だが、市民の品位を疑われるとの市民のクレーム圧力で撤去となった。中国人もマメに色々とやってくれます。

2009年5月17日 (日)

上海16,17

5月17日 最高気温25度(最低気温17度)晴れ

何年ぶりかの上海駅である、多分3,4年ぶりだろう。
2009051701 2009051709 2009051708 当時は新幹線(動車組)も走っていなかったが今は随分と便利になった。
上海万博までのカウントダウン時計も構内に設置され、駅には新幹線の切符自動販売コーナーも出来ている。
地下鉄1号線に乗り人民広場で下車、ホテルの有る静安寺までブラブラ歩く。

人民広場が多くのおじちゃんおばちゃんで溢れている、彼らの目的は娘・息子のお見合い相手探し。
2009051702 2009051703 娘・息子の経歴・相手への要求項目を書いたビラをぶら下げ相手の親御さんまたは仲人を探す、そしてこのビラを見るために適齢期の子供を持つ親御さんたちが集まってくる。
この光景は上海だけでは無く中国中の公園で普通に見られる光景である。
そのひとつを紹介すると以下のようなことが書いてある。

『当方女性』身長:1.68米、学歴:全日制大専、職業:徳国某集団公司・財務会計、月給:4,000元ほど、住居:普通住宅・2LDK、『求む男性』1.76米以上、酒タバコ飲まない、賭博やらない、老父母大切にする善良な男性、有住宅

「酒タバコ飲まない、賭博やらない、父母を大切にする善良な男性」の下りからビラは娘さんのご両親か仲人が書いたと推測されるが、必ずと言って良いほど「有住宅」の記載があり上海の男性は自前の住居を持っていないと結婚できない訳で、若くてマンションを持ってる男もそう多くは無いだろうに大変だな。一人っ子政策で男性の占める割合が多く、女性が強気の条件を出しているのだろう。

2009051704 2009051711 フェラーリの販売店、金持ち上海らしい風景。
南京西路の住宅地で結婚式へ向かう新婚さんを見た、でかいリムジンに乗って式場へ向かうところである。
これも中国中何処でも見かける結婚式風景で一世一代の大奮発をしたのだろう、アメリカ志向の派手好き中国人らしい。

路の名前は知らないが南京西路から一本入った路地に有る「小楊生煎館」で焼き饅頭を食べる。
2009051705 4元1両(4個)で安くて美味しい、慎重に口へ運ばないと肉汁で火傷をしてしまう。
脂っこいので一人4個位が適量だと思う、日本でもこの店が出来人気らしい。
この店は何時来ても行列が絶えない人気店、次々と焼いているので並んで買っても大して時間は掛からない。

2009051706 ホテル近くの小学校の壁に書かれているスローガン「あなたたちは、祖国の明日、民族の希望」、江沢民らしい頭を使っていないストレートな表現だが小学校には良いスローガンだと思った。
夜は友人と日本居酒屋「栄」で飲み食べ放題、隣席の上海で会計士をやっていると言う日本人も話に加わりウダウダと人の悪口を肴に飲み食いをした。他人の悪口は酒の肴には最適である。

2009051707 思南路の綺麗な並木道、休日でも人は疎ら、こんなプラタナスの並木道が上海らしくていい。
ここを真っ直ぐ歩き思南路の終った突き当りに有る麺屋「呉越人家」の麺が美味しい、拉面と蕎麦の中間のような麺で醤油味のスープと良く合う、店の内装も良く気に入りの店である。
こんな美しい上海の街が1時間の距離に有るのは嬉しい。
ただし、万博準備で町中が化粧直し中である。

2009年5月15日 (金)

上海人

5月15日 最高気温27度(最低気温20度)晴れ

ここ数日間最高気温は30度以下に収まっており幸いだが最低気温が確実に上昇しており夏モードへ確実に向かっている。

明日から上海へ行く、無錫に来て上海が近くなり久しぶりに上海の友人と飲む予定。
彼とは2005年から2006年に掛けて上海で広告屋をやった時の仲間の一人である。
当時上海は企業も多く景気が良く、3年契約更新の大きな看板広告を1件取れば3年間は楽~に小遣いが稼げるゾと言う甘~い言葉に乗せられて、2005年「上海亜可頓広告有限公司」と言う名の広告会社を設立した。
資本金は50万元、社員数4名、上海のマンションの一室で営業を始めた。
資本金は額面の1%ほどを払うと2週間程資金を貸してくれる業者がおり、会社設立手続きが終わると口座から抜かれる仕組み、投資を小さく抑え海老で鯛を吊り上げようと言う調子のいい話であった。

会社を作り活動を始めたはいいが、広告業界は聞きしに勝る裏金の世界、現ナマ鉄砲・夜の接待を数打たなけりゃ仕事なんて取れるもんじゃなく、極小企業に大看板スポンサーなんて取れるわけもない。
20090515 1年程はエレベータ内掲示広告の仕事で細々と食いつないだが、給料、マンションの家賃支払いにも困るような状態になり、長江の大河に飲み込まれるが如く2006年あえなく轟沈。
負債は無くと言うか貸してくれる銀行もなく負債はゼロで出資金を使い切って終わったが、そうは旨い話が転がっている訳はない。

こんな事以来、彼とは付き合いが続いており上海へ行くときは彼と飲み食いしている。
便利なやつで上海の色んな所にネットワークを持っており時に利用させてもらっている。
彼は代々上海に住む老上海人、上海人は一緒に食事しても自分が払うとは絶対に言い出さないケチ人種、食うときはこちらが払うことになるが腐れ縁だから仕様がないとあきらめている。

2009年5月11日 (月)

シール

5月11日 最高気温34度(最低気温20度)晴れ

昨日5/10の午後3時15分、無錫市内の最高気温は35.1℃まで上がり、5月10日の最高気温としては観測史上最高を記録した。例年では35℃を超えるのは5月下旬のため、かなり暑い1日となった。
ここ50年余りの無錫気象データによると、観測史上最も高かったのは1981年5月10日の34.6度。
だそうで、やはり昨日は暑かった訳だ。

2009051101 今日健康診断結果を取りにユナイテッドファミリー医療保険センター(和睦家医院)へ行って来、「健康検査証明書(中華人民共和国出入境検験検疫)」をもらってきた。
判定項目は、皮膚、頭部・首、胸部・肺、腹部、背骨・四肢、心電図、腹部エコー、胸部X線、エイズ、梅毒、乙型肝炎、丙型肝炎、尿検査などの検査結果が書かれており、何れも正常・陰性であったが、当日指摘されたポリープは胆のうに有ると書かれていた。写真の証明書が渡されただけで終わり、問題点に対するご指導は何も無かった。
ま、取り合えず一安心である。

2009051102 バスの中に表示してあるマナーシール、見れば解るが「犬の持ち込み禁止」「禁煙」「社内を綺麗に」だが「席を譲り合いましょう」のマークはどう見ても「スキーリフトあり」にしか見えない。

2009050601 時々見かける車のリアウィンドウに貼ってあるシール、東風、中華、ワーゲン、ビュイックが日本車ロゴを足蹴にしたりしている図、日本車の販売台数の伸びに対するヒガミだろうが、何処の国でも出る杭は打たれるか。

2009年5月10日 (日)

新区散策

5月10日 最高気温34度(最低気温16度)晴れ

この時期だから猛暑と言って良いと思うのだけれど、猛暑の中 無錫「新区」へ出かけた。
106番のバスで金海里へそこで乗り換え新光路へ。
2009051001 2009051002 新区は経済開発区で日本企業はじめ企業の工場が多いところ、長江路沿いは綺麗に整備されマンション・商店が多い。
夜の飲み屋街である「假日広場」も昼間は日本・韓国料理屋と洋服店の営業が主体で、この中のDVD屋で「南京!南京!」のDVDを7元で購入する。
近くのソフトウェアパークを覗く、「みずほ銀行」と「三菱東京銀行」が入っているが9F、10Fに店舗を置いているところを見るとATMなどは多分置いていないんだろう。
2009051004 2009051003 無錫のソフトウェアパークは開発区毎に置かれてあり、各ソフトウェアパークは大連などに比べると一箇所集中していないこともあり大変に小規模である。ここもビルが3棟ほどの小規模なもので1階にスタバが入っていた。あまりの暑さにスタバに飛び込みアイスコーヒーで涼を取った、ほんとに無茶苦茶な暑さである。

部屋に戻り「南京!南京!」を見る。
2009051006 南京大虐殺をモノクロで映画化したもので、角川と言う一人の日本兵の視点で南京の大惨事を有る意味淡々と映像で創った作品である。
勿論中国人監督・陸川の作品であるから当時中国の実質的首都であった南京の人々の被害を、集団処刑、生き埋め、婦女暴行、生きたまま焼き殺すなどの残酷な映像で創り上げている。
この映画を中国人だけの視点で創ってしまうと、日本鬼子を訴えるだけで終わってしまう映画になってしまうので日本人将校の視点で少し心の葛藤・行動に救いを求める形で創ったんだろうと思われる。
映画の内容が100%史実かどうかは不明だが、規模の大小は別にして同様な惨事は発生していたんだろう。
侵略戦争という行為そのものが狂気の沙汰であり正当化できる所は微塵も無いはずである。

ただしこの映画を見て戦争の悲惨さを中日両国民が認識し、日本は過去を反省し両国は未来へ向かい仲良く手を取り合い進もうと言う気になる映画とは思えない。
日本人はやっぱり鬼だ、学校で教えられたことは間違っていなかった、いつか仕返しをしてやると考える中国人が大半だろうと思う、もしも私が中国人だったらそう思う。
この映画はいずれTVで放送されることになるが、その後のほうが怖い。
中国のおにーちゃん、おねーちゃんこの映画は故事です、仲良くしましょうね。

2009年5月 9日 (土)

休日

5月9日 最高気温33度(最低気温16度)晴れ

毎日気温が1度づつ上がっている、明日の予報は最高気温が34度だとか、日本の夏の陽気である。
これ程高温の地方だとは予想だにしなかった。

ここのところ休日は出歩いてばかりいたので、今日土曜日は身の回りの作業を
先ず朝食を久しぶりに作る、作ると言ってもベーコンを炒め卵を絡めたベーコンエッグと牛乳とパンで簡単に。
次に洗濯、掃除、狭い部屋なので掃除はすぐ終わる。
洗濯物のYシャツ類は簡単にアイロン掛けし干す、これをしないとノーアイロンじゃないのでシワシワになって着る時に困る。
先日見物に行ったマンションの営業マンから「マンションどうするの?」と電話が来たが「買わない」と断る。
この話の経緯は後日にも。
これで午前中は終了、昼食を取りに1階にある食堂へ、台湾風味肉仔面8元で軽く済ます。

時間はあるし1ヶ月床屋へ行って無いので床屋へ行くことにする。
アパートの1階に有る健全な床屋さんへ、結構綺麗な店で始めてゆく店。
「ニーハオ、散髪して」「どうぞこちらへ」で散髪台へ座る。
「洗髪しますか?」洗髪担当の若いおにーちゃんが先ず洗髪してくれる、「何国人?」「日本人だよ」「コンニチハ」「お~日本語知ってるの?」「少しだけ」・・・という何時ものパターンで軽くジャブを交わす。
「マッサージ(日本語で)します?」これで+10元だが愛想の良い子なのでチップ代わりに按摩をしてもらう。
その間、中国は何年居るの?日本の何処?何歳?なんて在り来たりな会話で探りを入れ、次回の指名確保運動をしてくる。
「あいしてる、は、我愛ニーの事?」「おー良く知ってるね、そんな日本語覚えて何処で使うんだよ」「少し勉強したんだよ」「そうか、頑張って勉強しろよ」・・・床屋で中国語&日本語会話教室が始まる。
こういう若い人が多い所で受ける日本語は「バカヤロー」である、中国での戦中TV映画で出てくる日本兵はこの「バカヤロー」を必ず使うので中国人の一番知っている日本語は「バカヤロー」である、多分。
「バカヤローしってるか?」「あはは、知ってるよ」これで場が和む、すると他の席の客もなんだかだと我々の会話の中に入って来ようとするが無錫ナマリが入ってる事もあり私は理解できない。
こんなことで散髪も結構疲れるのである。散髪代は按摩代含めて30元(450JPY)。

瀋陽の友人と電話で話す、気温は15度で過ごし易いと言っているが、この時期は良いが冬が寒いからね。
来週上海の金ちゃんが来るので結婚祝いに「恵山泥人形」をプレゼントしたく、人形を買いに錫恵公園近くの泥人形工場へ出かける。
20090509012009050902錫恵公園側には「京杭運河」が走っているので京杭運河を撮影、結構大きな船が行き交っている。
泥人形工場は錫恵公園近くにあるらしいのだが良くわからない、公安に聞いたり路行く人に聞いたりでようやく到着したが、土曜日は休みだそうでやってなかった。しようがないので近くの人形屋で値切り購入する。
帰りにスタバでコーヒーを飲んで帰宅したら19時近くになった。

2009年5月 8日 (金)

就労ビザ-健康診断

5月8日 最高気温31度(最低気温15度)晴れ

今日も暑い無錫、今のところ湿度が低いので日陰を選んで歩き健康診断へ程ちゃん同行で行ってきた。
場所は「無錫ユナイテッドファミリー医療保険センター(和睦家医院)」で、なんと自分のアパートから散歩圏内に有った。
何でもここは1年前に出来たとかで大変に立派な病院である。
このユナイテッドファミリー病院(アメリカ系資本企業)は、北京、上海、広州にあり主に外国人向けの病院施設として私も名前は聞いていたが、こんな無錫にも有ろうとは正直ビックリである。いかに日本人・韓国人始め外国人の数が多いかが解る。

日本人向けの病院としては、北京・長春などに有った「中日友好病院」が有るが、ユナイテッドファミリー病院も日本人利用客は多く大手日本企業は定期健康診断に利用していると聞いている。
Webに依ればUF病院は米国人女性の創業で外国人が中国で安心して赤ちゃんを出産できるようにとの思いから始まったらしく婦人科が充実しているようだが総合病院である。

2009050801 無錫のUF病院は「江蘇国際旅行衛生保健中心無錫分中心」と言う長ったらしい名前の建物中にあり、ここには日本語が出来る看護婦さんが何名か居て日本人患者の応対をしてくれる。
今回私が受けた健康診断でも日本語が少し出来、難しい日本語は突然英語に変わる若い綺麗系の看護婦さんが付いて順々に受診コースを案内してくれた。

健康診断メニューは日本の健康診断とほぼ同じである。
先ず受付で氏名・国籍・病歴など問診票を書きパスポートと先日撮った写真2枚を出す、検診料は362元(5,400JPYほど)と結構高額だ。
採血、採尿、身長・体重、視力、眼検、心電図、腹部エコー検査、胸部レントゲン、問診・触診と言う具合に胃の検査以外は殆ど人間ドックと同じメニューの検査が行なわれるが、客が少ない(殆ど居ない)のでヒョイヒョイと進む。
触診時先生が「肝臓の隣のムニャムニャ(膵臓か?)にムニャムニャがある」とおっしゃる。「解らない」と言うと紙にPolypと書かれた、ポリープが有るとおっしゃってる。触診でそんな事まで解るのかな?じゃ相当に大きいのかな?ヤバイのかな?去年のドックでは言われなかったが、今度帰国時調べてもらおう。
採血針は消毒使いまわしでなく新品を使っており、検査設備も日本製、米国製で高価な物が揃い、病院の内部も中国内の病院とは雲泥の差日本の大手病院並に綺麗である。

外国にいると病気になったときの心配が常にあるが、この様な病院施設が近くにあることは大きな安心材料である、無錫に暮らすのも良いかもしれない、もう少し空気が綺麗なら。
日本の国民健康保険の利用は出来ないが、東京海上の海外保険は使えると聞いた。

診断結果は来週月曜午後4時以降に出るので取りに来るよう言われ病院を後にした。
結果や如何に?

2009年5月 7日 (木)

就労ビザ

5月7日 最高気温31度(最低気温14度)晴れ

特に話題も無いが30度超えになったので書きます。
2009050701就労(Z)ビザを取得しようと手続きを始めた。
「2寸の写真を6枚用意してください」、最近は「一緒に行きましょうか?」と言うやさしい言葉が減ってきた。
多分「余計な仕事を増やして!」と思っているに違いない。
「2寸って何センチ×何センチよ?」「2寸って言えば解ります」冷たく突き放され、以前市内の公園1年間フリーパス用の写真を作るために行った近くの写真屋へ一人向かう。そう言えばあのフリーパス最近使わないな。

「こんちわ、写真撮りたいんだけど、2寸のを6枚」「4枚セットと、8枚セットになるんだけど」と店のおねーさん。
「じゃ、8枚セットの方で」「そこの鏡で髪の毛セットして」言われるがまま鏡の前に放り出してあるプラスティックの櫛で少なくなった髪の毛をとかし、持参したネクタイを締める。
「こっち来て」撮影室へ誘導される、カメラはニコンの結構良さげのデジカメを使っている。
「上半身だけ撮ってよ」下はGパンなので念のため言う「上だけだから大丈夫」と片手にかじり掛けのリンゴを持ったまま2回シャッターを押し撮影は簡単に終了。
「明日できるから、15元です」「あさって取りにくるよ」「OK」、こんな感じで写真を撮り終えた。

昨日公安(警察署)へ程ちゃんに同行してもらい「臨時住宿登記表」なるものを作りに出かけた。
是が無いとビザ申請が出来ない、さすがここは一人では無理である。
門のところで入場記録をとられる「身分証出して!」こっちの警察は高圧的である。「彼は外国人だからパスポートでいいの?」「あんたの身分証でいい」「何で私の身分証なんか要るのよ!(ここは日本語)」程ちゃん虫の居所が悪いらしい。
2階の212号室へ行く、木の机2台にPCが2台だけの殺風景な部屋である、二人のうち一人の公安さんはゲームに夢中だ。
パスポート、アパートの契約書を出して、出された「臨時住宿登記表」を書き込む、何箇所か間違えたが×点で消せば良いと言われた、いい加減である。
公安のにいさんDB登録のPC入力で手こずっている様子、程ちゃん「私がやります」とキーボードを奪い取り打ち始める、こんな所もオープンで中国らしいな~
次は健康診断に行く予定。

2009年5月 5日 (火)

鎮江

5月5日 最高気温27度(最低気温13度) 晴れ

2009050514 「あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも」「翹首望東天 神馳奈良邊 三笠山頂上 思又皎月圓」これは百人一首にある阿倍 仲麻呂(698年-770年)の和歌である。
(引用)---奈良時代の遣唐留学生として唐に渡り、唐で科挙に合格し唐朝諸官を歴任して高官に登ったが、帰国の念かなわず中国の地に眠った。753年ここ鎮江と揚子江(長江)を挟んだ向かい揚州から帰国の途に着いたが嵐に逢い帰国の想いが遂げられず詠んだ歌と言われている。---

格調高く始まった今日のブログである。
今日は日帰りで鎮江市への小旅行、程ちゃんは仕事で同行できず一人旅となった。
2009050501 鎮江(zhenJiang)市は無錫市と南京市の間にある市で新幹線(動車)で無錫から40分ちょっとの所にあり、日本とも古い付き合いのある町である。
一人旅はズボラ旅で、朝遅く10:11発のD5412で無錫を出、15:16鎮江発のD5433で帰る現地滞在4時間と言う強行軍、見て回るポイントを「博物館」「西津渡街」「金山公園」「北固山公園」に絞りタクシーで駆け回った。

2009050502 「鎮江博物館」:旧イギリス領事館の建物をそのまま博物館として使用している、インド植民地時代のイギリス様式の建物は珍しい・・・という「地球の歩き方」の紹介に誘われて行ったが、どうって事はなかった。
入場券を買いに券売所へ行くと、窓口に入場券が散乱状態で置いてあり券売所のおばちゃんが編み物をしている。
「すみません、この券もらっていいの?無料なの?」編み物の手を休め「そうよ」と答えるとまた編み物を始めた。
ここは無料らしい、展示物は三国時代の貨幣、磁器、書、画を中心に紀元前の発掘物なども展示している。
でもあの券売所のおばちゃんはあそこで何をしてるんだろう?

2009050503 2009050504 2009050505 「西津渡街」:鎮江博物館の裏山を越えたあたりにある1000年の歴史ある街とのふれこみの500mくらいの小路だが、建物は古い様式でリメイクされており何処にもある唐街風で、もっと古い街並みを期待していたのだが綺麗過ぎで外れ。
連休明けで人がほとんど居らずゆっくり見学できたところは良かった。
鎮江は黒酢の名産地、路地に「酢吧(酢バー)」なる店があったがここでは酢を酒代わりに飲むんだろうか?

2009050506 2009050507 2009050510 「金山公園」:唐代に金が出たことから金山の名が付いたらしい。
50元もする高い入場券を払い入ると金山寺(江天禅寺)がある、水墨画で有名な「雪舟」はここを2度訪れたと言う。
さらに8元を払い塔に登ると「長江」の大河が望めるが、随分と急な階段でここまで登るのに体力を使い果たしたので2階まで登りその上は遠慮した。写真の奥に見えるのが長江の流れである。
金山寺を降り猛暑の中(多分30度は有ったんじゃないか、ここは中国三大釜戸、南京の近くである)コカコーラを飲みながら「天下第一泉」へ向かう。
2009050508 無錫に有るのが「天下第二泉」でここが「天下第一泉」本家である。
確かにブクブクと泡が出ており泉が湧いてはいるが「きったない水」で、これなら富士山麓の湧き水のほうが100万倍も綺麗だ。

2009050511 2009050512 2009050513 「北固山公園」:北固山は三国志ファンなら一度は訪れてみたい場所なんだそうで、劉備玄徳と孫権が曹操を倒す計画を練った場所であり、劉備と孫権が剣で石を切り、どちらが天下を取れるのか占ったという「試剣石」、山頂の「甘露寺」には孫尚香が劉備と見合いをしたという「多景楼」があるなど、三国志ゆかりの場所です。
小高い山ですが甘露寺まで登ると長江の大河が眼前に広がり・・と言いたいところですが遠くに広がりが正解、劉備玄徳と孫権が天下取りに燃えた場所であることが感じられます。多分三国時代には現在の長江の堤防も無く眼下まで揚子江の流れが来ていたんでしょう。
現在の甘露寺からは眼下に運河が前方に長江が見渡せ、暇そうにボーとしている地元のおじいちゃんに「手前の運河は京杭運河ですか?」と聞いたところ、何やら地元の言葉で「昔は長江が溢れるとこのあたり全部川になって・・・」と言うような回答が返って来て会話が成立しないのでお礼を言って早々に退散した。
2009050515 最初の阿倍仲麻呂の碑もここに置かれています。
「妻の腹 振り向き見れば さすがなる 三段山に出でし肉かも」(出部仲間呂 でぶのなかまろ)と言う歌も有るそうです。

2009年5月 4日 (月)

同里

5月4日 最高気温27度(最低気温13度)晴れ

3日、連休の一日を使い「同里(Tong Li」へ程ちゃんと一緒に観光に出かけた。
前日まで汽車の切符が手に入らなかったが、程ちゃんが何とか朝早い時間の空き席を見つけてきてくれ出かける事となった。
2009050401 2009050402 2009050403 7:22無錫発蘇州行き、蘇州までは新幹線(動車)を使えば20分しか掛からない8時前に蘇州駅に着いた。
私は蘇州には3回目、過去の2回は何れも蘇州市内観光だったが今回は蘇州からバスで40分ほどの水郷地「同里」である。
蘇州駅前のバスターミナルから同里行きのバスに乗車、バスの乗車券は8元だが同里の入場券+10箇所の旧跡入場券を含め80元と言うチケットを購入した。
朝早かったこともありバスの中で仮眠をとっていたら瞬く間に現地到着、帰りのバス最終時間19:00を確認し観光開始。

ここ同里は、日本語で書いてある入り口の説明文に依ると「同里は1000年以上の歴史を持つ古い水郷の村であり、村内数々な小橋、縦横に入り混じった河川、川沿いに建てられている古風な民宅、東洋のベニスと言われています。・・・中国十大歴史文化の有名古町、中国十大魅力町、中国十大映画テレビ基地・・・」(原文のまま)少々日本語は変ですが言いたいことは解ります。

「古鎮同里」と書かれた中華門をくぐり、運河に掛かる橋を渡ると1000年古鎮の世界へ
2009050404 2009050405 2009050406 最初に目に入るのが「影視撮製基地」の石碑、何でも中国の有名な映画・TVの舞台になった地だそうで、石碑の周りの地面にはブロードウェイ・チャイニーズシアター張りに映画名の書かれた石版が数多く埋められており、いきなり外されます。

その先の舞台ではここ同里を舞台にした物語歌謡劇が独特の中国旋律に乗り演じられ、古鎮モードをあおっており少し戻ります。
2009050407 2009050408 2009050409 2009050410 古い町並みの明清街には商店、小路があり、運河には観光客向けのゴンドラが行き交い正に東洋のベニスです。
運河沿いにはお茶屋さん、レストランが並び、その青い天幕、赤いちょうちんが汚れた水面にその影を落とし、とても美しい水郷風情を演出しています。

ここの観光目玉は水郷と古い町並みに他なりませんが、明清時代の退思園、耕楽堂、崇本堂などの建築物も見所です。中でも世界文化遺産に登録されている「退思園」の建築物・庭園は見所のようですが、教養の無い私には何処も同じに見えてしまいます。

2009050411 2009050412 2009050413 2009050414 何処かの豪商の門に書かれていた「商賢遺澤」は如何にも商家の門らしいフレーズです。
屋根の甍が綺麗でした、庭に描かれた敷石も美しいです、庭園の門もまた美しいです。
2009050415 「退思園」の庭の門に書かれていた「留人」の文字、「人は留らず、心を留める」この庭を訪れた人を留め置くことは出来ないが、心は永く留まるの意だとか接待の極意かも知れません、ぶっきら棒な中国のレストランのおねーちゃんたちに是非とも読んで頂きたいと強く思う次第です。人の文字が開いており二点を加えると心の文字に見えるのだそう、漢字の故郷中国は文字遊びが上手です。

2009050416 2009050417 丸々と太ったおばちゃんが売るここの名物「状元蹄」(豚足一本を甘辛く長時間煮込んだ料理)で夕食を取り、「留人」の文字の如く、心を残し同里を後にしました。

2009年5月 3日 (日)

ゴルフ練習所

5月3日 最高気温23度(最低気温15度)晴れ

忌野清志郎さんが5月2日亡くなった。
同年の彼の生き様・頑張りを見て来「まだまだ自分もやれるよ、やらなくちゃ」と励みにして来たんだけれども、彼が居なくなり道路標識の一部が無くなってしまった気がした今回の訃報である。心よりご冥福を祈ります、有難うございました。

2日の土曜日、小雨の中ゴルフ練習場で一汗流してきた。
20090503012009050302久しぶりの練習で力が入りすぎ、空振りは無かったけれどダフリ、トップの連続で恥ずかしかった、他の中国人客も似たようなものだったので冷や汗はかかずに済んだ。

ゴルフ練習所はアパートからタクシーで15分くらいの新区にある「無錫遠方ゴルフクラブ」、棒球(野球)運動訓練基地の一角にあった。2面ある野球場の1面を使用してネットで囲いゴルフ練習所に使用していた。
(来る途中別の練習場も発見、そちらの方が新らしそうで良さそうに見えた、次回はそちらへ行ってみるか)

タクシーで着くと係員のおばちゃんが持参したバッグを奪い取るように抱え、打席の椅子まで運んでくれバッグを開けクラブを取り出してくれる、お湯を紙コップに入れてサービスしてくれる、サービスは良し良し。「初めてなんだけど、値段は?」「1箱20元です。」、1箱30球入って20元、まあこんな価格でしょう。
マンション群の中にある150ヤードの打ちっ放しで1階席のみのバッティングセンターのような外観。
パターの練習場は無し、打席横に球の入った箱が山積みされており打ち終わった箱を数えて料金清算するシンプルなシステム。
途中、3打席ほど横で打っていたおねーちゃんが、打席をはずし素振り演習中に休憩席のガラステーブルを粉々に打ち砕いた以外は目立ったトラブルはなし。
あとはひたすら打ち続け4箱で終了。80元を払い退散した。
2009050303_2家まで無料で送ってくれると言う(言っていたと思う)のを断り、近くのスターバックスでコーヒーを飲み帰路に着いた。

2009年5月 2日 (土)

鼻煙壺

5月2日 最高気温22度 (最低気温15度)曇りのち雨

先ほど近くにある汽車切符売り場(火車售票処)で明日の蘇州行き切符を買いに行ったがやはり午前中のは全て売り切れ、バスで移動するしかなさそうだ。
今日は何をするかな、雨模様だしゴルフ練習場へでも行って暇つぶしになるかな。

趣味で集めている「鼻煙壺(BiYanFu)」です。
鼻煙壺とは(引用)-- 香料などを調合した粉末タバコを鼻孔にすりつけたり吸い込んだり──香りと刺激を楽しむ嗅ぎタバコ。16世紀半ば頃までにアメリカからヨーロッパへ伝わり、17世紀中頃には中国清王朝でも大流行した。嗅ぎタバコ入れは欧州では箱形が主だったが、やがて中国で密閉式の壺形容器が考案される。これが「鼻煙壺」だ。その多くは手のひらサイズで、磁器やガラスをはじめ、玉、瑪瑙、水晶、象牙、貴金属など多彩な素材と、贅を凝らした精緻な装飾が魅力。--

7cm-8cmで手のひらサイズの小さな芸術品、最初に出会ったのは北京の骨董露天市。
小さな瓶に彫り物・装飾が美しく何物なんだろうと手にしたのが最初でした。
ネットで調べると上記のようなことで「嗅ぎタバコ入れ」と解り、それ以来骨董品好きの友人と休みの日には骨董市を覗き気に入った物を買い求めたものです。
私の購入するのは10元から高くても100元以内の安物ばかりで、大した価値は無いですが棚に飾り楽しんでいます。
ガラス瓶の内側から絵・文字を描いた鼻煙壺が有名ですが、その類は興味が無く、色ガラスを重ね図柄を彫り出すキリコのような手法のものとか、石に絵を彫ったもの、牛骨に彫ったものとかが好きです。
象牙とか玉のものも有りますが高価で手が出せないですし、真贋の見極めが出来ないです。
中国国内では何処でも売っており、ここ無錫でも南禅寺の骨董品店で売っていますが、最近は値段が高くなかなか手を出せません。

20090426012009042603_22009042605_22009042608200904260920090426112009042615200904261720090426202009042613

2009年5月 1日 (金)

連休の予定

5月1日 最高気温27度 (最低気温16度)晴れ

中国は今日、労働節で休日、土日含めて3連休だが残念ながら私は仕事をしている。
風薫る5月の始まり、しかしここ無錫は連日の25度超の夏日が続いており日本の5月とはいささか趣を異にしている。
日本の祝日に合わせ明日から5連休に入るが何処へ遊びに行くか未だ決めていない。

1・2・3日の新幹線は既に満席で、4日以降に何処か近場へ出かけようと考えているが上海などの大都会は避けたい。
この付近には水郷地帯の観光地が多く蘇州、周荘などで運河風情を味わえるが、なるべく観光地化されていないひなびた水郷の田舎町へ行きたいね。
20009050101ウェブを検索すると「同里」「用直」が良いらしい、同里へは無錫からは長距離バスが運行されているが1日1便でしかも午後3時発、日帰りは無理、早い時間の汽車で蘇州へ移動し、蘇州からバスで行くしか無さそう。

1日は、無錫では未だ行っていないゴルフ練習場へ行ってみよう。近場では新区に有るらしい。
ウェブ上では「無錫新区の棒球運動訓練基地の敷地内にある、ゴルフ練習場。敷地面積は18000平米、30の打席がある。照明設備も完備しているので、仕事帰りでも..」とある。棒球(野球)運動訓練基地と名称がいかついが、はたして辿り着けるか?先ずは挑戦。大湖のちかくにも有るようだが遠いな。
他には長江(揚子江)が見たいので、ここから一番近い長江畔の「江陰市」へでもバスで行くかな。

2009050102街は労働節を祝う花火で賑やかになっている。

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