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2009年3月

2009年3月31日 (火)

引っ越し(無錫1)

3月31日 無錫 曇り

3月30日、無錫へ向けて荷物を搬送、運送業者が来で荷物を最終梱包した後その場で計量を始める。
荷物合計重量は280kg、8元/kgなので2,240元(31,400JPYほど)を支払う。
荷物は無錫へ明後日に到着すると言う、「汽車での運送にしては早く着くな?」とは思ったが、ま、早い分にはイイかと思い送り出した。
最終的に大家と壊れている備品など家財のチェック、未払いの電話などの公共料金の精算を済ませる。
日本で言う「敷金」こちらでは「押金」を1か月分入居時に支払っているので、この押金で清算し残金を受け取り、部屋の鍵を返却し1年ちょっと住んだ部屋を後にした。
この日はホテル泊、夜馴染みの飲み屋へお別れの挨拶

3月31日、11:15発上海航空FM9182で上海浦東空港へ、瀋陽から無錫直行便は無い。
上海航空はスターアライアンスグループに所属しているので全日空のマイレージがチャージできることと、預け荷物が20kgを超えているためゴールドカードを使えば30kgまでOKなこと。
預けた荷物の中にライターが入っているという、梱包した荷物を開き中からライターを2個探し出すのが大変だったが何とか通した。
上海浦東空港に13時頃到着、預けたキャスター付き荷物の車輪が1個壊れて(無い)出てきた、これじゃ移動が大変だ「ヤバイな」。
荷物をキャスターに載せ長距離バス発車ターミナルへ移動、無錫までのチケットを購入100元。
14:20発のバスへの荷物移動は壊れた車輪のバッグをズルズル引きずりながら大汗かいて移動。
何とか荷物をバス下部の荷物室へ押し込め乗車、無錫までは3時間程の予定だが、紅橋空港まで渋滞が発生、無錫到着には3時間半掛かった。

無錫駅には会社総務の「程ちゃん」が迎えに来てくれているが、こちらは無錫が不案内、客引きのタクシーを捕まえ取りあえず荷物を積み込みその後程ちゃんと合流し新しいアパートへ向かう。
新しい大家、不動産会社員と会い借用契約を結ぶ、半年分の部屋代・管理費、押金1ヶ月分、不動産屋の仲介料1か月分の家賃の80%、など1万元ほどを支払う。
中国のアパートは家財道具がほとんど揃っており布団さえ持ち込めば取りあえずの生活はできる。
2009040101 賃貸契約書には、テレビ1台、ベッド1台、冷蔵庫1台など備品の種類・数量も書かれているので確認する必要がある。
ミネラル水が欠かせない、水屋へ電話を入れてもらい運んでもらう、予約金40元、18.5リットル1本が10元。
お湯が無いとシャワーができない、お湯を買わなければならないが今日は諦め明日にする。
インターネットも開通してほしいがこれは後日、程ちゃんへ夕食を驕り引き取ってもらう、ありがとう。移動、契約、なんだかだで疲れた1日。

2009年3月27日 (金)

引っ越し準備

3月27日 最高気温5度 (最低気温-7度)晴れ

3月31日に無錫へ異動のため引っ越しの荷造りで忙しい。
引っ越しは北京市内で3回、北京から瀋陽、瀋陽から無錫と中国に来てから5回目である。
北京から瀋陽へ引っ越したときも大変だったが瀋陽で更にいろんな物が増えている。
運搬は運送屋へ依頼、トラック1台を仕立てると1万元(14万円)だと言う、高すぎる。汽車で運べば8元/Kgと言うので迷わず汽車で運ぶことにした。

無錫で借りた単身公萬は現在より更に狭い45平米、運送費のこともありなるべく荷物は減らしたい。
北京の骨董屋を探し回り購入したオールドチャイナ風の机、椅子、花台、気に入っており捨てるには忍びないがかさばる、断腸の思いで知り合いへプレゼント。
溜まりに溜まったDVD、自転車、扇風機もプレゼント。
友人は軽トラックを仕立てて取りに来た。
衣類もだいぶ整理したが寝具類、書籍・資料、食器類、ゴルフバッグ、PCなどで段ボール箱計10箱にもなった、多いなー部屋に入るかな。

荷物の引っ越しは30日、荷物を送り出して翌日に無錫へ移動する。
荷物は無錫到着後となるため数日間は生活できるよう寝具、洗面具などは持参してゆかなければならず、大きめのボストンに詰めて移動する。
無錫へは瀋陽からの直行便は無く一旦上海浦東へ行きそこからバスで移動するか、上海駅まで行き新幹線で移動する事になる。
先ほど上海-無錫の新幹線キップを取りに行ったら売り切れで取れない、空港からバスで移動するしかなさそうだ。

2009年3月18日 (水)

95歳へ

3月18日 最高気温13度 (最低気温-1度)晴れ

万座温泉へ行ったとき、ホテル読書室にあった本、
「95歳へ!幸福な晩年を築く33の技術 渡部 昇一著」がおもしろかった。
・95歳まで生きよう ・・90歳を超えると死を迎えることが怖くなくなる、皆眠るように死を迎えられるそうな、健康で90歳以上まで生きよう。
・理科系的生活から脱出しよう・・・定年までは理科系生活である。ニュートンの物理学より現代の物理学の方が優秀であるがそれは過去の学問の上への積み重ねでの進歩であり、現役生活は過去より優れた業績・実績・生活を目指す物理学的な生き方である。
・晩年には文科系の世界が向いている・・・定年後は文化系の生活を目指そう。源氏物語と現代文学の優劣を比較したところで意味は無く、読み手の感性が決める事であり比較できるものではない。定年後は自分だけの生き方を目指そう。
と言うような内容であったと理解した。

近くなった自分の定年後はどうするのか、もしもこのまま中国で暮らすのならどこで暮らしたいのか?
以前観光へ行ったことのある福建省「アモイ(厦門市)」がイイなと漠然と思っている。
冬季も暖かい、街も綺麗、海も近く長生きできそうな街、こんな街で下手な油絵でも書き、海釣りでもしながら暮らせたら良いだろう。

そんなことで土曜日からアモイへ出掛けた。
ネットでホテルを予約。五つ星「宝龍大酒店」を予約、朝食付きで598元。航空券販売所でアモイ行きの航空券を購入、6割引で片道950元。瀋陽から厦門高崎空港へは直行便はなく、行きは安微省合肥市経由で4時間強、帰りは浙江省杭州市経由で5時間弱の行程である。

2009031801 アモイ空港に着いた、快晴、暖かいと言うより暑い!、3月でこの暑さである。
事前の予報では最高気温18度とあったが体感25度はあるイイね。
空港からタクシーへ乗車、瀋陽のような下らない値段交渉はいらない、メーター通りの料金でホテルまで送ってくれる。

ホテルはYunDang(竹冠+員、竹冠+当の簡体字)湖の島の中にあり、到着そこそこにホテル側の公園を散策。
2009031803 2009031802_2 2009031807 公園は湖に沿って歩道が整備されており、芝生の緑が美しい。公園にはガジュマルの木が日陰を造っており南国の風情満点である。
この湖は外海とつながっており海の水が入り込むため魚釣りをしている御仁が多い。
歩道沿いに湖を渡るとマルコポーロホテル沿いにカフェが並んでいる。
快晴の午後、皆さんティータイムでくつろいでいる。私もその中に混じり冷えたビールを飲み茹でピーナッツをつまみにゆったりした時間を過ごす、こんな時間が過ごせるのもアモイの良いところである。
夕食後、以前に行ったことがある生バンドが入って酒が飲める地元のクラブ「True Love」で過ごす。

翌日はコロンス島へ、本島からフェリーバスで海上を5分も乗ればコロンス島に着く。
2009031806 2009031805 ここは戦前の疎開地で日本始め欧米の領事館、会社などが多くあったところで今も往事の建築物が残り異国情緒が残る美しい小島である。
建物の瓦は赤茶色で統一され島の45%が緑地だそう、何ともうらやましい環境の島である。
島内はガソリン車は入れず観光用の電気自動車が走り回っており、50元を払うと島内一周出来る。
台湾が近く、コロンス島からは台湾領の金門島が間近に見ることが出来る。
コロンス島を後にし、禾祥西路を散策、街路樹が赤・白の花を付けて居る。

アモイはコロンス島以外に特段の観光地は無いが、ゴミのない綺麗な街と点在する公園を散策し南国の雰囲気を味わうだけで十分に堪能できる街である。
夏季の暑さは経験していないがこの時期のアモイは定年後生活の地に最適だと再認識した。

2009年3月13日 (金)

銀行は疲れる

3月13日 最高気温-3度 (最低気温-12度)晴れ

昨日は雪が降り、みぞれに変わり、今日はまたマイナス気温へ逆戻り。なかなか春モードへ移行しない瀋陽である。
今朝の日本のTVニュースでは福岡で桜(ソメイヨシノ)が開花したとか、こちらも早く暖かくなって欲しいものだ。

昨日、来客が有り久しぶりに白酒(52度)を飲んだがキツイ、今日は二日酔いで力が入らない。
レストランは満民族料理店の「満族人家」いわゆる東北料理店である。
羊のリブ焼き、酸菜鍋、茄子の味噌和え、トウモロコシ・パン、豚肉のピカタ風、白菜の煮物などなど東北野菜中心の田舎メニューでどれも美味しい料理だが、白酒を飲むと胸焼け、胃焼けで味がわからなくなる。
満族は狗肉は食べないので安心して肉料理に箸が付けられる。
度数の低い中国ビールと一緒に食べるのが良い。

一昨日銀行へ出かけ購入代金の振り込みにチャレンジしてきた。
出かけた銀行は「招商銀行」瀋陽支店、まず振り込み用紙を記入するが振り込み用紙が解らない。
例によって案内嬢(この銀行はおばちゃんではない)を捕まえ「送金用紙はどれ?」
案内嬢に指定された用紙の項目を埋める。
送金元欄
①送金金額xxxx元②自分の連絡先携帯電話番号③用途欄に現金と言う具合に送付元欄を埋める
次に宛先欄
①全称欄に相手先企業名②帳号或住所欄に相手先の住所(おねーちゃんがそう書けと言った)③振込先銀行名と支店名を埋める。
振り込み用紙が出来上がり!順番待ちの番号を取り呼び出しを待つ。

番号が呼び出され指定の窓口へ
番号札、振り込み用紙、銀行カード、パスポート(身分証明)を出し、「この口座から送金して」と依頼。
「あんた何国人?」「日本人アル」「送金用紙の帳号或住所欄は相手口座番号を書いて」「で、でも、あのおねーちゃんがそう書けと言ったアル」「でも口座番号が解らないと遅れない」「そうアルか」・・・
新しい用紙をもらい書き直し提出、「会社名が間違ってるよ」「え!本当アルか」
また新しい用紙をもらい書き直し提出「相手先銀行の支店名が間違ってるよ」「え!本当アルか」
またまた新しい用紙をもらい書き直し、老眼も手伝い自分で書いている字が良く見えなくなってきた、提出。
「まだ相手先銀行の支店名が間違ってる」「え!あ、一文字書き漏らしたアル」
またまたまた新しい用紙をもらい書き直し、老眼で字がぼやけ何が正しいのやら解らなくなった、提出。
窓口係員も呆れ顔
何とか送金完了まで漕ぎ着けたが、この間窓口で繰り返し新しい用紙を貰い送金票を書き続けた。
銀行は本当に疲れる。

2009年3月 9日 (月)

に、なります

3月9日 最高気温0度 (最低気温-12度)晴れ

9日の東京株式市場で日経平均株価が続落。
「大引けは前週末比87円07銭(1.21%)安の7086円03銭と2008年10月27日のバブル後安値を下回り、1982年10月6日(6974円35銭)以来、26年5カ月ぶりの安値水準に落ち込んだ。」そうである。
6,000円台も目前、底割れしそうな気配一体何処まで下がるのか。

昨日スーパーへ買い出しに出かけたが、少しだけ買ったつもりが70元(1000JPY)も取られた。
何が高いのかとレシートを見ると、野菜冷凍餃子が28元(112JPY)、長芋が16元(84JPY)と最近富みに野菜系食材の値上がりが大きい。数字比では日本に比べれば安いが実質賃金比では日本の価格に近くなっている、いや高いかも知れない。家電品は値下がりしているが食材が高くなれば生活への影響は大きく、不景気と相まって中国の都市部は住みにくくなっている。

食べ物と言えば、最近開店した焼き肉屋が美味しくほぼ週一で出かけている。
2009030801 場所は脱北者の駆け込みで名を馳せた日本領事館正門の対面にある日本式焼き肉屋「大志(da zhi)」。
焼き肉屋になる前はスナックだったが、開店2ヶ月程で潰れその後暫く貸店舗のままとなっていた場所である。
この閉店したスナックも開店直後飲みに行ったが、狭い店内にビリヤード台が1台置いてあり、日本領事館の隣にある米国領事館の職員がビール一本で延々とビリヤードに興じており、これじゃ儲かるはずもなく経営は無理だろうな~と思っていたら案の定直ぐに店を閉じた。

焼き肉屋は、この場所へ移転する前に北陵公園の近くで営業していたらしいが日本人の多い領事館近くに引っ越してきたようだ。
オーナーは日本の若者、内装は日本の古民家風の造りで座敷2部屋と個室4部屋でこじんまりとしているがなかなか趣のある良い内装である。残念なのは冬季外気が入り込み足下が寒いのが欠点だが、七輪で運ばれて来る炭火に手をかざし暖を取り注文した肉を待つ。

提供される肉が上質でカルビ、ロース、ハラミ共に値段と比較すると瀋陽ではピカ一の美味しさだと私は思っている。またここのメニューの一つ「ニンニクの丸揚げ」は美味しく必ず注文する。
上カルビ、上ハラミ、コテッチャン、ニンニク丸揚げ、ごはん、みそ汁、キムチ、ビールを注文し二人で150元程と価格も手ごろな所も気に入っている。

日本人客ばかりでもあり、以前何処かのクラブで見かけたおねーちゃんも含め従業員の日本語教育も行き届きすべて日本語で応対してくれる。
この店では注文した品をテーブルに置くとき「上カルビに、なります」「コテッチャンに、なります」「みそ汁に、なります」と、中国のおねーちゃんが牛肉になったり、豚肉になったり、みそ汁になったりする。

これは若い日本人店長の教育がその様な事なんだろうけれど、中国で中国のおねーちゃんに「何々に、なります」って言われると、外国人への日本語教育はこれで良いんだろうか?と苦笑してしまう。
日本では聞き慣れている言い回しだが正しい日本語を教えた方が良いのではと・・・私も古い人間なのかな?

美味しい肉を食べ終わり、精算時「ガムに、なります」と、渡されたロッテのチューインガムをクチャクチャ噛みながらコートの襟を立て夜の町へ出て行く。

2009年3月 8日 (日)

帰国

3月8日 最高気温0度 (最低気温-5度)晴れ

昨日日本から戻った。瀋陽は5日に雨と雪が降ったらしい。空港からタクシーに乗ると運ちゃんが「空港高速が使えない、一般道を走るので距離が掛かり100元くらい掛かる」と言う。「ホンマかいな?」と言うと空港高速の入り口前で一旦停車し「本当だろう、閉まってるだろ」と、本当である仕方がない。高速は雨と雪で冠水し通れないらしく復旧は8日らしい。

今回の帰国目的は顧客先訪問&確定申告&OBとの交流会である。
この季節は確定申告で毎年帰国している。確定申告と言っても年末調整が出来ていない為で、手続きは大した作業ではない。
国税庁のHPで必要事項を記入&プリントし各種保険料の申告用紙を添付し税務署へ持ってゆくだけで幾らかの還付金が戻る。今年は扶養家族が減り還付金は税務署への交通費に毛が生えた程度しか無い。来年からは還付金の額を見て決めた方が良さそうである。

OB交流会で「万座温泉」へ一泊二日のバス旅行へ出掛けた。
往復のバス代・朝夕食・宿泊費付きで9800円である、安いね~、高齢者の参加が多い。
値段が安い分部屋はお世辞にも褒められないが、料理はビュッフェ形式でまあまあである。
万座温泉は若い頃スキー旅行で1,2度訪れたことがあるが、スキー場規模が小さく温泉町も無く敬遠していた場所であった。
200903051343000 30年ぶり位で訪れた万座の目的は温泉入浴、ひたすら温泉に入り続けた。
ホテルには、大浴場、展望浴場、露天風呂の3カ所の風呂場があり、中でも雪に囲まれた露天風呂は最高である、快晴のスキー場を眺めイオウの臭い漂う温泉の入浴は良いですね、心が開放され命の洗濯が出来た。帰路噴煙を上げる浅間山を望み夜の東京に戻った。

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